[ 入院13日目 ] ハナちゃんのこと

2018/08/25 | trackback [ 0 ] | comment [ 4 ] | がん告知まで


夜も8時になろうかという頃、同僚のハナちゃんが病室にやってきた。
全身真っ黒のいつものスタイルで。
病室に入ってきたハナちゃんは、何度も会ったことのあるうちの母を見ると、拗ねて渋々頷くように、首を前につきだした。
それが挨拶、らしい。
思春期かよ。(いいえ、アラフォーです)
ハナちゃんは、あたしが勧めたパイプ椅子に腰をおろしながら、病棟がわかりにくくてずいぶん迷った話を笑い声をあげて語ると、ふと、あたしの脚につけられたフットポンプに目をやって、「なに?これ」と言った。

「血栓予防だって」
「へーーー。これやってないと血栓ができて血管詰まっちゃうの?」
「その可能性が高まるらしい」
「あははは!じゃあちょっと止めちゃおっかなー」

人さし指を伸ばし、いまにもOFFのボタンを押そうとするハナちゃんを見て、あたしは静かにため息をついた。
ハナちゃん。そういうとこだよ。

もちろんハナちゃんは、あたしがいま絶望していることなんか知らないし、30分前に、母とあたしの間にフットポンプがらみでひと悶着あったことなど知るはずもない。
そしてハナちゃんは、自分の冗談で、背後にいる母の表情がこわばったことも知らない。
付き合いが長いから、ハナちゃんに悪気がないのは十二分にわかっている。
でもね、悪気さえなければどんな振る舞いをしても許されるってわけじゃないんだよ。絶対に。
あたしか母が軽口を叩いたのに乗っかったのならいざ知らず、自らすすんで自分以外の誰もが笑えない冗談を言うハナちゃんの思考回路は、いつもよくわからない。
けれどもう、わかろうともわかりたいとも思わない。
〝ハナちゃんはそういう人〟と諦めたのは十年以上前のことだ。

「止めてみてもいいよ。すぐにナースコールするけど」

あたしがそう答えると、ハナちゃんの話はフットポンプからナースコールに移り、「押したら病室側でも音鳴るの?」とか「すぐ来る?」とか、質問を続ける。
その後もハナちゃんは、あたしにつけられている点滴や器具をいちいち指差しては、「これは何?」「これは?」「こっちは?」と訊き続けた。
答えるのが面倒になって「わかんない」と言うと、「ちゃんと訊かなきゃダメじゃん!」と叱られた。
ハナちゃんの話はいつも、前触れなしにコロコロ変わる。
こんどは、あたしが着ている入院着に話が移ったらしく、掛け布団で隠れてる部分を指さして、「上下分かれてるやつ?」と訊いてきた。
「ううん」と答えると、「ああ!寝返り打つと前がはだけちゃうやつだ!」と大きな声で言ったあとで、「あはははは!」と声高らかに笑った。手を叩きながら。
そんな調子で続く質問はいちいち大声で、喋る速度は加速し続けている。
手術時の挿管で喉が痛いなか返事を求められるのは、億劫で苦痛だった。
しかも、麻酔の影響なのか頭がぼんやりしていて、ハナちゃんの早口に理解力がついていかない。
〝もうそろそろ勘弁してくれないかなー〟
そう思い始めた頃、消灯15分前を告げる病棟のアナウンスが流れると、ハナちゃんは、「まっ、元気そうで安心したよ」と言ってバタバタと帰っていった。
元気…そう…だと?
お前の眼は節穴だな。



嵐の去った病室には、疲労困憊のあたしと、ずっと続けていた作り笑いをやめて憮然とした表情になった母が残った。

「ハナちゃん、何がおもしろくてあんなに笑ってたんだろう」

母が、堪えていた不満を語りだす。

「フットポンプ止めるとか、背筋凍ったわ……」

次々と不満がこぼれ出す。

「あれ、お見舞いに来たんじゃなくて冷やかしでしょう」

母がそう思うのも当然だ。
でも本人は、あれでも見舞ってるつもりなんです。
だから始末に負えないんです。

「MYKちゃんが怒んないから私もなんにも言えなかったけど、怒ってもよかったんじゃない?」と母は言った。

母に限ったことではなく、ハナちゃんの話をすると誰もがそう言う。
それでもあたしが怒らないのは、過去の経験からその先がわかってしまっているせいだ。

ちなみに、会社でボスとあたし以外の人がハナちゃんにダメ出しをすると、ハナちゃんはきまって、「でも!」か「だって!」と、猛烈に反論する。
その様子をあたしは、〝叱られないまま大人になった典型だなあ……〟と思いながら眺めている。
叱られるのがとことん下手だなあ……と。
ところが、ボスやあたしがダメ出しをすると、なぜかハナちゃんは泣く。100%泣く。
そして泣きながら謝る。
あたしが「わかったよ。もういいよ」と言うまで、〝本当に悪いと思ってるんです。反省してるんです。でも許してもらってないから……〟という雰囲気を全身にまとい、あからさまにオドオドした態度で接してきて、それでもあたしが冷やかでいると、背を向けて涙をぬぐったりする。
〝私なんかに話しかけられるのは嫌かなと思って〟とかいう幼稚な理由で、必要な連絡や報告をしなかったりもする。
思春期かよ。(2回目)
あたしが許せばその不自然な態度は元に戻るけれど、忘れたころにまた同じようなことをやらかす。
つまり、あたしがダメ出しをしても叱っても怒っても、なんにも変わらないのだ。

ハナちゃんがいつまで経っても変わらないのは、変わる気がないからだ。
だとしたら、いくらあたしが〝改めるべき〟と思ったところでどうしようもないし、ハナちゃん自身がいまの自分を良しとしているのなら、あたしに出来ることは〝気にしないこと〟ぐらいしかない。

これが友達なら全然違うんだけどなあ……といつも思う。
たとえばあたしは親友のユウコさんにダメ出しをするし、ダメ出しもされる。
けれど、それがきっかけで喧嘩になることはない。
ちなみに一番最近されたダメ出しは、あたしが、ゆるく続けているダイエットらしきものの効果で凹んできたお腹を見せた時のこと。
ユウコさんは、凹んだ箇所より上に目をやり、「この肉、なに?」と言った。

「え…。た、たぶん、むかしはバストだった…脂肪…」
「でしょ?それを元の場所に収めないと」
「ダメか…」
「うん、ダメ。むしろこっちを先になんとかしなきゃダメ」

凹んだ腹の感想はないのかよ!とも思うけれど、そんなダメ出しをしてくれるのはユウコさんぐらいしかいないわけで。
それからというもの、胸の下が定位置になってしまった肉の処遇を真面目に考えるようになり、Youtubeを見ながらバストアップのエクササイズをしてみている。
一方、あたしがユウコさんにした直近のダメ出しは、「夜に住宅街でハザードをつけて車を停めるならヘッドライトは消せ。バカ明るいライトで家を照らされる者の身になってみろ」というものである。
以来、「今日はライト消したよ!」と自己申告してくる素直さが、ユウコさんの素敵なところだ。

〝ハナちゃんに言って聞かせるのは無理〟
そう割り切ってからというもの、ハナちゃんの言動に辟易はしても、正そうという気は一切失せた。
仕事の結果に影響することならば、泣かれようがわめかれようが言うべきことを言う。
仕事の結果に影響しなければ、うるさかろうが醜かろうが、気にしない。どうでもいい。
ところが、〝どうでもいい〟と流せない人もいる。
ボスである。
ただし、流せないからといって、くだらない諍いをする気もないようで。
だからボスは、自分がハナちゃんと直接仕事で関わらなくて済むように、〝ハナちゃんに指示したいことはMYKに言う〟という裏技を使うようになった。
最初のうちこそ、てめえだけ随分ラクに仕事してやがるじゃねえか……と思ったけれど、しぶしぶ従ってみれば、ボスとハナちゃんが関わって小競り合いが起きるよりは、あたしが間に入るほうが仕事がスムーズに進んだ。



手術したばかりの身で、しかも、絶望のさなかにいるのにハナちゃんを迎え入れた理由は他でもない。
いつものように、ボスとハナちゃんの間のクッション役になるためだ。
それは入院中のあたしだけができる、あたしの唯一の仕事だった。
ミッションクリアしたよ、ボス。(給料をください)



疲れ切ったけれど、〝ハナちゃんの相手をする〟というミッションをクリアしてほっとしたあたしは、「怒ってよかったんじゃない?」という母の問いに、「元気になったらぜんぶまとめて怒ってみようかな」と答えた。
母は、「まとめられたらかえって怖いんだけど!」と言ったあと、いつものように明るく笑った。



消灯時間になって母が帰ると、ナースステーションの灯りが差し込む個室でひとり、病気のことを考えはじめた。
卵巣がん。
どのくらい進行してるんだろう。
この先も生きられるんだろうか。
また会社に行けるんだろうか。
またユウコさんと飲みに行けるんだろうか。
またクマと旅ができるんだろうか。
なによりも、またお母さんと、テレビを見ながらごはんを食べて笑い合えるんだろうか。

入院13日目、手術を終えた日の夜はなかなか眠れなかった。



[ 次回更新は8/28の予定です ]



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

comment

: かなめ
予告通り(笑)♪

最後の最後で思い出しました
そうです、術後すぐ・・の頃のお話でしたね。
28日 お話の続きをお待ちしてます
2018/08/26 Sun 06:18 URL
あらやだ! : ぴかはにゃ
ブログが更新されてる…!!
しかも連日で( ´∀`)
また続きを楽しみにしています♡
そしてどーでもいい話なんですが28日は私の誕生日です☆
2018/08/26 Sun 22:26 URL
: ミント
お元気そうで良かったです〜(^^)
この更新ペース、まさにガラスの仮面!ですね。

ところでエクエルの効果は如何でしたか?
私も飲み始めました。
2018/08/27 Mon 18:30 URL
不覚!! : Dorry
更新待ってますとコメントしておきながら、
気づくの遅れました。く~~!

す、すごい…手術当日にそんなミッションこなせるなんて…
2018/08/30 Thu 22:02 URL

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