[ 入院13日目 ] 三者三様のメール

2018/08/24 | trackback [ 0 ] | comment [ 3 ] | がん告知まで


先週の金曜日から、頭の中では好きな曲の出だしのフレーズがリピートされ続けていた。

♪真夏のピークが去った~ 天気予報士がテレビで言ってた~♪



なのにどうして盛り返してるんだよ、夏!

危険な暑さが続いているこの夏をフルウィッグで過ごしている方々に、近い未来、人生最大の幸福が訪れることをただただ祈っています。

一方、この酷暑を薄毛の地毛で乗り切れそうなあたしの生きがいのひとつは、9時ちょうどに仕事を始めて17時半きっかりに仕事を終え、遅くとも35分にはオフィスを出て、40分に居酒屋で生ビールを飲むことだ。
そんなあたしがなぜ連日残業する羽目になっているのか。
なぜあたしが残業前提の打合せに出ないといけないのか。
なぜお前はその打合せに遅れて参加するのか。
なぜお前の話はそんなに長いのか。
なぜお前はつまらない冗談をちょいちょい挟むのか。
……と、相変わらず胸の内で悪態をついてばかりいる。
ただ、仕事ばかりかといえばそうでもなくて、特に今年は、親友とちょいちょい二人旅をしている。
見たいものだけを見て食べたいものだけを食べ、好きなお酒を自分のペースで飲んで(これ重要!)、親友と他愛ない話をダラダラとするのがあたしにとって何よりのリフレッシュなのだけれど、そういう時間を過ごしながら「楽しいなあ……」とシミジミ言おうものなら、親友は、「元気になってよかった」と目を潤ませる。
元気になってから何年も経っているけれど、ずっとそうだ。
そんな姿を見るたびにあたしは、治療中ずっと夢見ていた平凡な未来を過ごせている気がして、心の底から安堵したりしている。


* * * * *


経過時間を知って静かに絶望しているくせに、携帯電話を手にしたら、いつもの癖で未読メールを確認していた。
この日までに、入院していることをあたしが直接伝えたのは、仕事関係ではボスと同僚のハナちゃんのふたりで、友人では、ユウコさんと、〝クマ〟(初出)のふたり。
この4人には今日手術することも伝えていたけれど、その中でもクマとは手術の直前までメールのやり取りしていたので、未読メールはクマからだと思った。
受信ボックスを開いてみると、確かにクマからもメールは届いていた。

〝クマ〟という呼び名とは裏腹に、本人の見た目はふんわりした癒し系でとてもかわいい。
いつでも個性と年齢に見合った流行のメイクを研究していて、おしゃれにも余念がない、女子力のカタマリみたいな人だ。
クマは喋り方がふんわりしているので、〝天然キャラ〟だと思われがちだ。
あたしも、出会った頃は見た目そのままのキャラクターだと思っていたけれど、そうじゃない部分を知ってからのほうが付き合いがラクになり楽しくなった。
そんな彼女が送ってくるメールはいつも、思慮深く、やわらかいのにピリ辛で、不精のあたしに返信をうながす要素を含んでいる。

手術の後はごはん食べられるのかな。病院の人に「1日も早くおいしいごはんを食べさせないとMYKちゃんはキレます」って教えてあげたい。知らないでキレられたら病院の人たちがかわいそう。

強張った身体と心がほぐれるようなメールだった。
術後、最初に見たのがこのメールで良かったと思いながら、すぐに返信した。

手術終わって病室に戻ってきたよ。病院ではおいしいごはんは食べさせてもらえないとおもうので、おとなしくして、1日も早い退院を目指します。

巷では、主に恋愛テクとして、〝メールやLINEで返信が欲しかったら、文章に質問を入れると良い〟と言われている。
質問されると答えたくなる・答えざるをえなくなるという心理を利用したテク、ということになっているが、あたしからすれば、質問して答えてくれる人は、質問されるのが好きな人だ。
あたしみたいに、「今日の牛丼おいしかったねー。ところでMYKさん、吉野家と松屋、どっち派?」と訊かれたら、胸の内では「あ?」「どっち派か聞いてどうすんだよ」「つーか、なんで二択。すき家となか卯、忘れてんじゃねーよ」などと悪態をつきながら既読スルーするタイプの人も一定数いるに違いない。
いま、〝だから結婚はおろか恋愛すらできないのでは〟と思ったそこのあなた。
大正解よ!

質問なんかしなくても既読スルー未読スルー常習者に返信させるテクを持つクマは、とても心配しているだろうに、そういう感情を匂わせるメールを送ってはこなかった。
そういう人なのだ。



クマのメールに返信し終えて一息つくと、ベッドの周りを整え終えた看護師さんが言った。

「脚に、血栓予防のポンプつけますね」

術前説明で聞いた時は、「なるほど」と相槌をうつだけで適当に流していた。
けれど実際にフットポンプを装着されてみると、こんなに不快なものもない。
何しろ暑い。ものすごく暑い。
そもそもあたしは、入院した翌日からずーっと暑がっている。
代謝の良すぎるデブには暖房が効いた病室は暑過ぎて、長袖の入院着の袖を肩まで捲りあげ、腕も足も常に布団から出していたくらいだ。
それにフットポンプが加わったせいで、〝装着した数分後には脛やふくらはぎに汗をかきはじめて、かゆくなって、汗疹ができて……〟と、暗い未来しか見えなくなってしまった。

「これ、いつまでつけるんでしたっけ?」

知っていたけど訊いてみた。
看護師さんは笑顔で、「歩けるようになったら外しますから明日いっぱいかなあ」と言った。
やっぱりそうですか。
ああ、無理っす。オレには無理っす。



ベッド周りを整え終えた看護師さんたちが病室を出ていき、母だけが残った。
母は、相変わらず不安そうな顔のまま無理やり笑顔を作って、「なにかして欲しいことある?」と訊いてきた。

「身体起こせないから見えないんだけど、脚に巻いてあるやつ、素材はなんなの?」
「素材?」
「膝のすぐ下からつま先手前までをビニール袋でピッチピチに覆われてるみたいな不快感なんですが」
「暖かくていいじゃない」
「暑いの」
「ビニールには見えないけど、通気性が良さそうには見えないね」
「こんなんじゃ、あっという間に蒸れて、かゆくなって、汗疹なんかできちゃって」
「外そう!」
「いやいや。外したら血栓ができるリスクが……」
「じゃあ!どうすればいいのよっ!」

あ、間違えた。
母はあたしの愚痴を聞いてくれる人ではないのだ。
あたしが弱音を吐いたら、パニくって、あたし以上に弱る人なのだ。
あまりに不快でつい愚痴ってしまったけれど、これまではどんな時でも、母を安心させれば自分も落ち着けた。
というか、母を落ち着かせないことには、あたしはあたしの面倒を見る暇がなくなる。
愚痴る相手を間違えた。あたしが悪い。

「あとで看護師さんに訊いてみるよ」
「外してもいいかって!?外したら死ぬんでしょ!」
「お母さん、ちょいちょい〝死ぬ〟って言うね」
「違っ…!違うのよ!!!」
「(スルーして)外してくれじゃなくて、暑いのなんとかならないかって訊いてみる」
「なんとかなるのかな」
「なんとかなるでしょ」
「そう?」
「うん」

母を宥めながら、こんな時に自分の愚痴を聞いてくれる人は誰なのかを考えてみたらすぐに思いついた。
愚痴を聞いてもらう相手は、お医者さんと看護師さんにしよう。
誰彼かまわず話せる相手を見つけるたびに愚痴ってちゃ、あたし自身が駄目になる。
餅は餅屋。
フットポンプの愚痴はフットポンプをつけやがった人に。

母が落ち着いたのでフットポンプのことはひとまず忘れて、他にも届いていた未読メールを読むことにした。
ボスからは、ボスらしいメールが。

打合せが長引いて今日お見舞いに行けない。がんばってるか?がんばれよ。

寝てただけだからがんばってないけど、身体はがんばってるはずです、ボス。

ビジュアルがヨレヨレなのでお見舞いは遠慮します。こっちは大丈夫なのでどうか仕事第一で。お前もがんばれよ。

ボスに宛てたとは思えないいつもの調子で返信すると、他の未読メールを見る間もなくすぐにまたボスからメールが届いた。

ヨレヨレのところほんとに悪いんだけど、ハナさんが見舞いに行きたがってる……

入院以来、同僚のハナちゃんがものすごく心配しているという話はボスからたびたび聞いていた。

あたしより2歳若いハナちゃんは、〝女っぽい格好をしたら負け〟と思ってるみたいに、毎日必ず全身黒づくめのパンツルックで出社する。
ファンデーションはごくごく薄塗りで、足りない眉尻を少し描くだけのメイク。口紅もグロスも塗らない。近年出始めた白髪だって染める気はないようだ。
そういうスタイルを長年頑なに貫いているにもかかわらず、ボスをはじめとするオフィスのみんなはハナちゃんのことを、〝クールな人〟とは思っていない。
なにしろハナちゃんは、大きな声でよく笑い、早口でよく喋る。時にまくし立てる。
売り言葉に買い言葉を返して後悔したことは何度もあるだろうに、それでも、キツいことや理不尽なことを言われると我慢できず、反射的に言い返してしまう。
加えて、感情をコントロールするのが致命的に下手なので、気持ちが高ぶるとすぐに泣く。

ボスは、そんなハナちゃんが苦手だ。
ハナちゃんも、気分屋でぶっきらぼうで口が悪いボスが苦手だ。
入院したせいで、そんな苦手同士の接点を増やしてしまったことに、あたしは大きな罪悪感を覚えていた。

即座に用意したボスへの返信の言葉を頭の中で推敲しながら他の未読メールを確認してみると、ハナちゃんからもメールが届いていた。

もう手術は終わった?痛い?お腹切ったんだもの痛いよねぇ。今日仕事の帰りに病院に行こうかな。手術してすぐには面会できるのかな?行ったら迷惑かな?

普段から、会話でもメールでもやたら質問の多い人ではある。
そして彼女は、大人なら訊かなくても想像できることにも、他人からの太鼓判を欲しがる。
読まなかったことにしたい。
けれど、思いとどまった。
だって、彼女が今この件について話せる相手はボスしかいない。
ハナちゃんの不安をすべて語られ、その全てにイエスかノーかの太鼓判を押させられ続けるであろうボスを想像したら、心苦しくてたまらなくなった。
だから、少し考えて、ハナちゃんに一言だけ返信した。

来てもいいよ。

ハナちゃんにそう返信したことをボスに伝えると、

よろしく頼むよ。大変なところほんと申し訳ない。

とメールがきた。
〝いえいえこちらこそ〟
胸の内でボスに返信した。



[ 続きは8/25更新予定です ]



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

comment

: かなめ
お♪更新されてる♪
台風の夜、眠れずにいて良かった(笑)
そして更新予告?(笑)
8/25も楽しみに待ってます♪
2018/08/24 Fri 03:53 URL
: YUZU
諦めかけてた…ふと開いたブログ…。

思わず、文章を開く前に、何度も何度も、日付確認!(笑)

オーっ!
更新されてる!!
本当に、嬉しくて、さっそく読みました。
忘れかけてた、自分自身の術後とMYKさんの術後が、重なっています。

しかも、次回更新予告付き!
暑い夏が、ちょっと動いたみたいな感じ?
ありがとうございます。
2018/08/24 Fri 12:38 URL
長っ : もちきち
開けてビックリ!更新してる!息吸うの忘れました(苦笑)
首が…ろくろっ首になるかと…
(まさか…の想像しちゃぃましたよ)
忙しくされてるのですね、何よりです。安心しました(^^)
明日が楽しみだ!→プレッシャー?
2018/08/24 Fri 21:51 URL

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