[ 入院12日目 ] にゃにゃーつの人

2017/05/13 | trackback [ 0 ] | comment [ 12 ] | がん告知まで


エレベーターに乗って坂口先生と一緒に病棟に戻ると、すぐに看護師の高橋さんが声をかけてきた。
「あれ…。MYKさん、ひとりですね…」
病棟に戻ったら誰かに言われるかもしれないなあとは思っていたので、ぼんやり用意していた答えを言ってみた。
「はぐれちゃいました」
いろいろ端折ってるけれど、まったくの嘘ってわけでもない。
〝ちょっと聞いてくださいよー。福岡さんってば、ATMでお金おろすとか言ってバックレやがったんですよ!で、探した探したー〟みたいな訴え方も、やろうと思えばできたけれど、そもそも、はぐれるという状況があり得ないわけで。
これだけを言えば、勘のいい病棟の看護師さんたちは察してくれると確信しての一言だった。
言葉にしなければわからないことはあるけれど、さほど言葉を重ねなくてもわかることだってたくさんある。

「ごめんなさい。大丈夫でしたか?」と、心底申し訳なさそうな顔で高橋さんが訊いてきたので、「大丈夫。ただ、久しぶりに歩いたら疲れました」と返すと、それまで横で黙って立っていた坂口先生が、「じゃあ高橋さん、よろしく頼みます」と言って、病棟とは違う方向に去っていった。

「坂口先生、いつもは階段なんですよ」
「え?」
「エレベーターは使わないんです。MYKさんがひとりだったから一緒に乗ったんです、きっと」
「なるほど」
「ひとりにしてしまって本当にすみませんでした」
「いえ、却ってゆっくり見られました」
「欲しいものなかったんですか?」
「そうだ。カップ麺が食べたいんですけど、病棟にお湯ってあるんですか?」

動けるようになって日が浅いあたしはまだ教えてもらっていなかったけれど、通常であれば入院時に病棟内の説明をしているそうで、高橋さんは、「気がつかなくてすみません」とまた謝りながら、お湯のある場所や食べる場所、食べ残しの捨て方などを教えてくれた。
「じゃあ後でまたコンビニに行って買ってこよう」とあたしが言うと、高橋さんは、「その時は責任を持って私が付き添います」と頭を下げた。



何事もなくひとりで病棟まで戻ってこれたのだから結果オーライだけど、もしもあたしが倒れでもしたら、福岡さんは自分がその場にいなかったことをどう説明するつもりだったんだろう。
聞いた誰もが不可抗力だと認めるような、巧い理由でも考えていたのだろうか。
何かあった時に問題にされるのは〝持ち場を離れた〟という事実だけで、持ち場を離れた理由は〝言い訳〟と切り捨てられるだけなのに。
んー。福岡さん、ノープランだった気がするなあ。
だってものすごく詰めが甘そうだもの。
悪知恵が働く人は怖いけれど、福岡さんみたいに、悪知恵が働かないのに平気で仕事をサボる人も、頭のネジが何本か外れていそうで怖ろしいし、関わるのが面倒くさい。

福岡さんへの悪態を胸の中で吐き尽くし、伏魔殿のごとき病室に戻ると、あたしのベッド以外はカーテンが完全に開かれていて、思い思いの場所に腰かけていた三人は一斉にこちらを向いた。
その雰囲気に圧されて、言った。
「ただいま戻りました」
ほんの挨拶というか、ただの報告というか。
気まぐれに言ってみただけで、言葉以上の意味はまったくない。
なのになぜか三人は、満面の笑みで拍手をした。
こいつらの行動、全然読めねえ。

なんの拍手だよ!とは思うのだけれど、なんとなく訊きたくない。
これまでの扱われ方からすると、ものすごくくだらないか、ものすごく嫌味な拍手のような気がするし、どちらにしてもどうでもいい。
そもそも、加藤さんがギャーギャー言っているのが鬱陶しくてコンビニに行ったのだ。
30分かそこら経ったくらいで、きつねそば事件などなかったかのように笑顔を向ける三人は不気味で、しかも、ただ拍手をするだけで何も言わないのが腹立たしい。
しょーもない理由で拍手してるんだろうに、〝驚いて!〟とか〝なんですか?って訊いて!〟とか、こっちのリアクションを心待ちにしてる感じが煩わしくて面倒で、だからあたしは、真顔で無言で首を傾げただけで自分のベッドのカーテンを開けると、すぐにシャ!っと閉めた。性格が悪いので。
ただしこのカーテンは、伏魔殿との結界にはならない役立たずなので、案の定タケちゃんが話しかけてきた。



「麻酔科医の先生が来る前に戻れたわね!おめでとう!」(再び拍手)



あらやだ。想像をはるかに上回るしょーもなさだわ。



この、これまでの流れを一切汲まないフレンドリーさがとても嫌。
たとえるなら、カックンブレーキ癖のある人が運転する車の後部座席に乗った時みたいな疲労感がある。
同室の三人とは断固喋りません!というわけじゃない。
三人の気分に振り回されながらがんばってコミュニケーションをとる、ということをしたくないだけだ。



「おめでとう!」と言われたけれど、ありがとうございます!と返したら話が膨らみそうだったので、「まだ来てないんですね」と静かに言うと、御大の声が聞こえた。

「なかなか帰ってこないから、看護師さんに、『早く連れ戻しなさいよ』って言ったところだったのよ」

期待を裏切らないモンスターぶりに思わず吹き出しそうになったが、ぐっと堪えて言う。
「そうなんですかー」
加藤さんの過干渉、ご家族は大変だなぁ。
あたしが加藤さんの娘だったら、小6で家出して中1で金髪になって中2で子ども産んで、今頃は孫もできて若いおばあちゃんになってるよ。
…って、幸せそうじゃねえかコノヤロウ。



同室の三人がなぜか首を長くして待っていた麻酔科医は結局、15時頃にやってきた。
若くてかわいい女性麻酔科医は、細かすぎる問診のあと、硬膜外麻酔の説明を始めた。
全身麻酔は人生で初めてだし、麻酔だって歯医者でしかしたことがない。
無知なあたしが説明を聞いて最初に思ったのは、〝硬膜外麻酔って、背中に管いれるんだ…!〟ということだった。
硬膜外麻酔という単語は知っていたけれど、それは何か特殊なもので、一般的な全身麻酔は、医療ドラマでよく見る……というか、ドラマ『医龍』で阿部サダヲ扮する麻酔科医が、「ひとーつふたーつ…にゃにゃーつ。はい、おちたー」と言う時に患者の口にかぶせてるマスクから始まり、あとは静脈に点滴でもするものだと思っていた。
いまは、全身麻酔といえば硬膜外麻酔なのね。
説明をし終えた女性麻酔科医は、「最後なんですけど、口の中を見せてください」と言った。
問診で差し歯の有無を訊かれたので、差し歯を見るのかと思いきや、術中、酸素を送るため気管に管を入れるのだけれど、それが入りにくい喉の人がいるのでその確認だという。
そうか。喉に管入れられるのか。
救命救急のドラマでよくある、「気道確保!挿管準備して!」ってやつだねー。
救急じゃないから怒鳴ったりしないだろうけど。



ドラマの中のことが自分の身に起きるというのに、その時あたしは眠らされている。
それがつくづく残念に思えた。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

comment

: YUZU
更新、待ってました♪
今、美容院に行くバスの中で、見つけちゃいました!
で、さっそくコメ(笑)
私だったら、間違いなく福岡さんの全てを、チクってます!
それを、一言で看護士さんに悟らせるMYKさんは、頭がいいし、大人ですね。(私の方が、ずっと年上なのに…)
今に、福岡さんは首になります!!

そして、坂口先生…やっぱり好き!

手術の背中の麻酔、すご~く痛いって聞いてだけど、以外と大丈夫でした。
私は、数える暇も、主治医が来る暇もなく、落ちてしまいましたが(笑)
私は、出来たら自分の手術の映像をドラマみたいに見てみたい!!変態?
この先が、早く読みたい♪
こう思える、MYKさんのブログを見つけて良かった♪
すご~く楽しみに待ってます。
2017/05/13 Sat 09:23 URL
: はる
更新有り難うございます。
色々ありますが、人生棄てたもんじゃないですね。MYKさんのブログ読ませて頂いてつくづく思います。
人生は、苦い!でも、ビールは、もっと苦い!昔のCM思い出します。でも、うまい!
2017/05/13 Sat 10:54 URL
: 春のウララ
12日目 沢山の出来事があったのですね。
福岡さんみたいな人が出世する職場もありますよね。
こういう人がある日、婦長さんになっていて驚いたことありました。オソロしー!
はぐれちゃいました。という表現アッパレです。
ちゃんと伝わっていて、嬉しいです。
2017/05/13 Sat 20:45 URL
あなたも医龍おたく? : それいゆ
初めまして。
いつも楽しみにしています。オペ前日をここまで、繊細に長く描写で来るのは、素晴らしい才能と、感服しております。私も同じような婦人科がんで子宮、卵巣、リンパ節を摘出しています。その後のお約束の抗がん剤も致しました。

坂口先生(仮名)がとても気になっていたのですが、もしかしてMYKさんも、医龍おたくですよね?

私の主治医はA田先生。勿論何て呼んでいるかは、言わずもがなですが、朝田先生とは真逆です(笑)

オペに向かうときは、医龍のサントラをイメージして凌ぎました。

麻酔科医は何故か後記研修医の女医さんで、「にゃにゃーつ」って思う間もなく落ちてました。そうした描写のクライマックスも興味津々です。

週一位の更新をできればお願いします。
2017/05/13 Sat 20:52 URL
: てんこ
更新楽しみにしてました!
MYK さんのいた病室はカーテンオープン派の人達ばかりだったんですね。初日からお喋りたくさん(^_^;)病気なのに三人とも何故そんなに元気?普通入院中、大体寝てるもんじゃ…。
MYK さんが全身麻酔で自分が経験することが分からないの残念がる気持ちわかります!自分はにゃにゃーつどころではなく、瞬殺でした。次の瞬間はすでに全て終わってました。マジどんなイタズラされても全くわかんないじゃん!と思いましたよ。
そして相変わらず坂口先生ステキです。すでにファンになってます。
文章がとっても上手で、感心します。作家になれば良いのに~。
2017/05/14 Sun 21:22 URL
周りの人達のキャラが…。 : ポテチ
なんか、物凄いですね。
更新楽しみにしていました。ありがとうございます。
取り巻く人達のキャラの濃さ。まるで小説かドラマのようです。

自分がMYKさんの立場だったら、苛立ちを押さえられない故に福岡さんの事は詳細に高橋さんに愚痴ったろうし、気持ち悪い拍手で迎えられても、圧力に負けて「何ですか?」とか聞いてしまいそう…。

MYKさんはご自分で性格が悪いと仰いますが、そんなことないと思います。
思いやりのないウザい他人になるべく関わらず、自分が無駄に消耗しないように、冷静に大人の対応をしているだけのように感じます。

それにしても、福岡さんも加藤さんも自分のしたことがどう自分に返ってくるのか解らないバカなんですね。←苛立ち&呆れ

この時点で私なら百歩譲って加藤さんも病人だし他人に当たり散らすしか自分を保つ術がないのかも、と我慢出来ますが、福岡さんは許せないかも。仕事なんですから。

私も医龍大好きでした。演出が大袈裟で(笑)
過去のMYKさんに、少しで早く心休まる時が来るのを祈ってます。
2017/05/15 Mon 09:49 URL
帽子買いましたヽ(=´▽`=)ノ〜 : AYA
いつも楽しく読ませて貰っています!
お逢いしたことも、お顔を拝見したことも、ありませんがブログ面白すぎてファンになりました♡♡♡
バイザー😊とても良さそうなので購入手続きしたところです。
体調、1日も早く治りますように願っております。また、ブログも楽しみにしております!私は43歳で、結婚してますし家族もいますが、母娘2人のところ同じです♪1人娘ですし、、
なんだかとても共感しちゃいました〜
これからも応援していまーす❣
2017/05/17 Wed 22:14 URL
: かなめ
はじめまして
今朝このブログを見つけて、そのまま3時間半かけて読んできました
色んな事を思い出したり想像したり・・・泣いて笑って(笑)
早く続きをー!!(笑)
2017/06/02 Fri 11:19 URL
初めまして! : miyo
mykさん、初めまして(^-^)
先日、両卵巣とも癌らしい…と診断され、ただ今検査入院中です。大腸にも癌があるかどうか、が今大きなポイントで、検査待ちでドキドキしてます。早く手術まで辿り着きたいものの、焦りは禁物みたいです。家族や仕事のことを思うと、不安が大きいのですが、mykさんのブログに出会い、ものすごく励まされています。病室で何度も声を出して笑ってしまいました(^-^)ありがとうございます!
更新楽しみにしつつ、私もこれからがんばります(^o^)
2017/06/04 Sun 16:04 URL
はじめまして : じゅん
こんにちは、はじめまして。
私は、5月に卵巣腫瘍が見つかって、右側卵巣を切除し検査の結果、漿液性線がん三期とわかり19日から抗がん剤治療する事になりました。そんな中、MYKさんのブログに出会い一気に読みました。泣いたり笑ったり...自分だけじゃないと勇気を貰いました。
歳も偶然にも一緒、残念ながら私は仕事は退職となりましたが前向きに頑張ろうと思えました。ありがとうございます!これからも更新楽しみにしています。初めての抗がん剤、不安がいっぱいですが頑張ります!
2017/06/08 Thu 10:38 URL
: けいちゃん
更新待ってま〜す!
2017/06/11 Sun 03:22 URL
: MYK
YUZUさん
狡いので、私がチクって万が一、福岡さんがクビになったら嫌なのです。
福岡さんがクビになるのは仕方のないことでも、私がチクったことがきっかけっていうのは避けたい。福岡さんの人生を自分の手でどうこうしたくないので。

やっぱり自分の手術の映像、見てみたいですよねー。
説明を聞けば聞くほど、寝てるのがもったいなく思えます。

はるさん
人生棄てたもんじゃない、確かにそう思います。
卵巣とか子宮とか女性ホルモンとか、いろんなものを失いましたが、得たものも多かった気がしています。

春のウララさん
福岡さんみたいな看護師が出世するとか絶対いやだー。こわいー。
要領がいいんでしょうねえ、悪い意味で。

「はぐれちゃいました」だけですべてを察してくれる人かどうかを見極められるのが、大人になって良かったなあと思うことのひとつです。

それいゆさん
はじめまして。コメントありがとうございます。

指摘されて初めて気づきました。
坂口先生(仮名)は、坂口憲二から取ったわけじゃないです!
そして、ドラマの『医龍』は全シリーズ全話見ていますが、一度見ただけなので、オタクと言えるほど詳しくはないです!
坂口憲二…というか朝田龍太郎みたいな人が主治医だったら、入院中もスッピンでいなかっただろうなー。
麻酔、にゃにゃーつより前で落ちますよね!

週一位の更新、たぶん無理です!(でも月刊にならないようがんばります!)

てんこさん
女性病棟と外科病棟に延べ約90日入院したんですが、どこの病室もカーテンオープン派ばかりでした。
そして、仰る通り、元気な人が多かったです。
当時のR病院では婦人科の抗がん剤治療は入院してやることになっていたので、治療できる程度に元気な患者が半数以上、という感じでした。
そして元気な古参患者はカーテンオープンにしたがる、という。

ポテチさん
福岡さんがどうなろうと自業自得だとは思うのですが、〝単なる愚痴のつもりだったのに、どうしてこんな大事に…!〟的展開が怖ろしいので、つい、詳細は言わないほうを選択してしまいます。

福岡さんも加藤さんも、傍若無人な振る舞いをしても許してくれる寛容な人が周りにいるんだろうなあと思います。

AYAさん
コメントありがとうございます。
私はいまはヅラじゃないんですが、それでも、髪がペシャンコにならないのでバイザーはかなり重宝してます。

かなめさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
月刊ブログになっちゃいました。
でも!次回はもっと早めに書きます…!

miyoさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
大腸は無事でしたか!?
ああ、無事でありますように。
なんなら、〝両方の卵巣も癌じゃなかったよ〟的な結論が出てますように。

私も手術が待ち遠しかったです。そしてだいぶ焦ってもいました。
早く切って、早く取って、元気になって、一日でも早く仕事がしたいと思ってました。

じゅんさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
5/19に最初の抗がん剤治療なら、いまは2回目の抗がん剤も終わった頃でしょうか。
入院中、医師が、卵巣がんの中でも漿液性腺がんには抗がん剤がよく効くと言っていたのを思い出しました。
抗がん剤がしっかり働いて、じゅんさんの癌細胞をコテンパンにやっつけてくれるよう、信じて祈っています。
辛くなったり不安になったりしたらまた読みにきてください。

けいちゃんさん
1か月ぶりに更新しましたー。
2017/06/15 Thu 17:16 URL

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