[ 入院12日目 ] けしからん襟裳岬

2017/04/27 | trackback [ 0 ] | comment [ 7 ] | がん告知まで


入院12日目の昼過ぎ。病院のコンビニ。
日用品コーナーから、お弁当やお惣菜が並ぶ棚に移動した。
さて、あたしは何が食べたいんだ?

かつ丼に親子丼、からあげ弁当に豚カルビ弁当に中華弁当。
いなり寿司、握り寿司、巻き寿司におにぎり。
パスタにグラタンにドリアにサンドウイッチ。
ひとつひとつをじっと見る。
どれも、一口なら食べられるような…。でもどれも、完食はできないような…。
空腹感はあるのに食欲がないなんて、だいぶひどい二日酔いの時くらいしか経験がないよ。

どれだけ眺めても、これだ!というものが見つけられないので、パンの棚に移動した。
でもなー、お母さんに鮭のおにぎり頼んじゃったからなー。
そこで、鮭のおにぎりに合う何かを探すべく、今度はカップ麺の棚へ。
あ、どん兵衛のスープだけ飲みたい気がする!
小さいどん兵衛、買ってみようかなー。
でも、病棟に熱湯ってあるのかなぁ。
それともここでお湯入れてく?
いや、ダメだ。お湯の入った小さいどん兵衛を持って、長い廊下を歩いてエレベーターに乗って病棟まで戻るなんて絶対に無理。
もしここでお湯入れたとして、どこか座って食べる場所あるのかな。
どうなんだろー。
どなたかご存じですかー?
どなたかー。っていうか、福岡。金おろすのに何分かかってんだよ。

ATM前で福岡さんと別れてから、既に25分経っていた。
たとえばこれが飲みに行く友達との待ち合わせなら、イライラする以上に心配しながら、30分でも1時間でも待つ。
けれど福岡さんの場合は、〝コンビニに行く患者の付き添い〟という仕事を25分放棄してるわけで、そんな人を気長に待ってあげるような優しさはあたしにはない。
だって25分だ。あたしが母とメールのやり取りをしたり、どんなものなら食べられるのかをアホほど迷っていなかったなら、とっくに病棟に戻っていておかしくないくらいの時間なのだ。
百歩譲って、ATMでお金をおろそうとしていた福岡さんに不測の事態が起きていたとしても、25分間も仕事に戻れないのは、福岡さん自身が一言も喋れないほどの体調不良に襲われたか、物騒な犯罪に巻き込まれた時くらいだろう。
福岡さんが戻ってこない理由は心底どうでもいいけれど、どん兵衛のお湯問題を解決したかったあたしは、ATM付近にいるであろう福岡さんに聞きに行くべく、一旦コンビニを出ることにした。

長い廊下に出て、今度は猛スピードで追い越していく人の波にビクビクしながらゆっくりATMまで歩いた。
久しぶりに立ちっぱなしでいたからか下半身がだるくて、足の裏は、何時間も歩いたかのようにぼんやり痛い。
小さいどん兵衛、やっぱりいらないかな。
お母さんが持ってきてくれるおにぎりとお茶で十分だよね。
でもなあ、せっかく完食できそうなものを見つけたのに、なんだかもったいない。
まったくもう、なんなんだよ、福岡ー。
万が一あたしが転んだり倒れたりしたら、あたしも叱られると思うけど、あなただって怒られると思うんだよね。
それなのによくもまあ、こんなところで呑気にサボっていられ……って、いねーし。
てっきり、ATMの前にあったベンチにでも座ってると思ってたのに、いねえ。
足元ばっか見て歩いてきたから、すれ違ったのに気づかなかったとか?
まあ、向こうが気づけって話だけどな!だってそれも福岡さんの仕事だからな!

そのまま病棟に戻ろうかとも思ったけれど、すれ違った可能性も捨てきれず、またコンビニに戻る。
つーかーれーたー。
足いたいー。
腹だってまだまだ痛いー。



コンビニは名案だと思ったのに、食べたいものがなかなか見つけられず、なんとか食べられそうだと思ったものも買うことができず、たった30分かそこらで身体は疲れ果て、なのにあたしは、病棟にお湯があるかないかを聞くためだけに福岡さんを探している。
そんな状況に、だんだん腹がたってきた。
どうしてあたしが付き添いを探さなければいけないのか。
どうして福岡さんは付き添わずにいられるのか。
そんなにサボりたければ一生サボっていればいい。
だけど、働きたいのに働けないあたしの前で、働けるのに働かない姿を見せるな。

胸の内でそんな悪態をつきながらコンビニに向かったが、ふと、受付フロアのベンチに座っているかも?と思いついた。
そこで、コンビニを通り過ぎ、エントランスを横切りながら何気なく左を向くと、そこに福岡さんを見つけた。
福岡さんは病院の外にいた。
外も外、正面にある駐車場を出た、病院の敷地の外に立ち、携帯で喋りながらタバコを吸っていた。
ああ、そういうことか。



あたしはコンビニに戻ると、病棟で食べられるかどうかわからない小さいどん兵衛を手に取ってレジに並んだ。
あたしの前の前に白衣を着た男性が立っている。
あ、坂口先生だ。
福岡さんよりずっと心強い付き添い見つけたー。坂口先生はあたしに気づいてないけど。
そうだ。坂口先生、病棟にお湯があるかどうか知ってるかな。訊いてみようかな。
もしお湯があったら、お母さんと一緒におにぎり食べて、どん兵衛も食べて。
たくさん食べて少しでも体力戻して明日手術して。
それで…、それで…、それで…。

レジはなかなか進まなかった。
ざわついてきた気持ちを落ち着けたくて静かに長く息を吐いた時、それまでもずっと店内で流れていたはずの音楽が、急にはっきりと耳に入ってきた。

寂しいのは生きていても ああ死んでいても同じことさ
その手貸して まだ歩けるか

そのフレーズが、ひとりで墓参りをした母や、手を貸してくれるはずの付き添いを探して疲れ切っている自分とシンクロした。
でもそれ以上に、綺麗なメロディーと、絶望することに疲れてふと笑ってしまったような歌声が、効いた。
これ、いま聴いちゃダメなやつだ。

急いでレジ待ちの列から外れて、小さいどん兵衛を棚に戻し、両手で耳を塞ぎながらコンビニを出てふぅと息をつくと、涙腺が弛んだ。
それと同時に横隔膜が動いて激痛が走り、涙より先に泣きじゃっくりが出始めた。
ひっくひっく言いながら歩くあたしを、周囲の人は明らかな好奇の目で見ている。
だけどこの状況を医師や看護師に見られたら好奇の目では済まず、MRIの二の舞になってしまう。
「どうしました?」「B'zのぉーALONEっていう歌がぁー」みたいな恥ずかしい会話は二度としたくない。

病棟に戻るべく長い廊下を歩き、エレベーターホール近くにあったトイレに逃げ込んだ。
個室に入り、息を吸うことより吐くことを意識して呼吸を整える。

あの声(ヒック)、星野源だったな(ヒック)。
なんなのあの歌は(ヒック)。
だいたいさー(ヒック)、いつも不意打ちなんだよ(ヒック)。
あたしの入院生活にはB'zも星野源もいらないんだってば。(ヒック)
テレビもラジオもコンビニの有線も、音楽なんて全然いらないんだってばー。(ヒック)

そんなことを思いながら息を吐くのに集中すること数分で泣きじゃっくりがおさまったので、何食わぬ顔でトイレから出てエレベーターの前に立った。
すると、コンビニの袋をぶらぶらさせて坂口先生がやってきた。

「なにも買わなかったの?」
コンビニにいたことに気づいていたらしい坂口先生は、そう言いながらあたしの両目をかわるがわる見た。
〝買わなかった〟という言葉の代わりに頷いてみたけれど、それでもまだ、じっと見ている。
そして、「またB'z?」と訊いてきた。
おいおい誰だよ。坂口先生に、あたしがB'zで泣いたってバラしたのは。
それより、泣きそうだったこと、どうしてわかった?
泣いてないのに。
あたし、泣きそうな顔してる?
目が赤いとか?それとも潤んでる?
坂口先生の胸倉を掴んで問い詰めたいのをぐっと堪え、答えた。

「今日は星野源」
「ああ」
「ご存じで」
「このあいだテレビで『襟裳岬』歌ってた。森進一の」
「『襟裳岬』…」
「けしからん」
「ん?」
「MYKさんを泣かせるなんて、B'zも襟裳岬もけしからんよ」


* * * * * * * *


先月のお彼岸、墓参りから戻る車でラジオから流れてきたのは、星野源の『知らない』。
病院のコンビニで初めて聴いて泣きそうになり、〝一切の音楽を聴かずに過ごす〟と、ますます固く決心するきっかけになった曲だ。
指でつついただけで弾け散ってしまいそうなほど心が脆くなっていたから、それを揺さぶるものは徹底的に排除して、平穏に暮らすことに腐心していた。
そうじゃなくても、深く考え過ぎたり落ち込んだり絶望する引き金となる音は病院の中にも外にも溢れていて、人の言葉は止められないから、せめて音楽は排除して過ごした。
そして、横隔膜の痛みが少しだけ和らいだ2013年の初夏、半年ぶりに音楽を聴きたくなったあたしが悩みに悩んで選んだのは、けしからん人が悲しげに歌う、けしからんこの曲だった。



今でも、あたしにとって『知らない』は、入院初期の精神的に不安定だった自分や、途方に暮れていた母や、「けしからん」と言った坂口先生の表情を思い出して胸が詰まってしまう曲で、だから、運転中に聴くにはふさわしくない。
この日もまた、イントロだけで胸がキュっとなった。
だけど、そんな娘の変調に気づくことなく、助手席の母は、肉だ寿司だ中華だやっぱイタリアンだ!と楽しそうだし、空はこれ以上ないほど晴れているし、あたしは元気に生きている。
あの日のコンビニで、不安に押しつぶされそうになっていたあたしには見えなかった未来で聴く『知らない』は、静かに強い希望の歌に聞こえた。



▶ 思い出の曲 [ その1 ]






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Twitterやってます。ブログの更新情報(自動)に加え、かつて一世を風靡したレコーディング・ダイエット的効果を期待しつつ、その日の体重をつぶやいたりつぶやかなかったりします。つぶやいていないときは61キロです。ここのところ、寸分違わず61キロジャスト。そろそろマジで何か始めねば…!



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

comment

けしからん! : もちきち
MYKさんに探さすなんて実にけしからんo(`ω´ )o
しかも煙草⁈て…あ''ーーけしからん
でも…MYKさんの引きの良さ⁈すごすぎです(๑˃̵ᴗ˂̵)
なかなか人生で加藤さんや福岡さんみたいな人と関わることないと思うので。さすがです(笑)
2017/04/28 Fri 19:52 URL
思いだすわ~ : てんこ
やったー更新嬉しいです。いつも文章が面白くて楽しんで読んでます。
しかしMYK さん良い人過ぎますよ。
私だったら、福岡さんの所業にかえって『しめた!』とばかり、わざと衆人の前で倒れたりして、業務放棄の罪にきせてやりますね。性格悪いので(笑)。
身体が弱ってる時は心が張りつめて
感情が研ぎ澄まされますよね。入院中、私もそういえばよく泣いてました。
しかし坂口先生は良いキャラですね~。
これからも更新楽しみにしてます!
2017/04/28 Fri 21:55 URL
: はる
更新有り難うございます。
知らないに、繋がるのですね。凄い文章力です!私も泣き歌あるんです。
B,zさんのaloneとYukiのJoyです。
だから18分止めわかりますよ。MYKさん、お願いします。どうか還暦までに、ブログ書き終えて下さいませ。
私、お年寄りなんで~笑
星野源氏も、罪な男よね🎵
2017/04/28 Fri 22:36 URL
: YUZU
加藤さん…福岡さん…。
結構、いそうで中々いない!?人と、会ってしまいましたね(泣)
坂口先生 やっぱり 好きです♪
確かに、音楽は、その時の体調・環境・精神的な状態で、心に響くし、悲しくなったり…励まされたり…感傷的になったりしますね。
星野源さんは、好きです。
(逃げ恥引きずってます!!)
本当に、MYKさんの、文章力は凄いです。
長文でも、あっという間に読み終えてしまって、続きが読みたくなります!
いよいよ、手術ですか?
あっ!!その前に、お母さまが買って来られた、おにぎり食べなきゃ(笑)
2017/04/29 Sat 20:36 URL
: りりぃ
MYKさん、こんにちは!

福岡!許せんっ💢
いや、本当に腹がたちます。
なんのための付き添いか!
坂口先生と一緒に病棟に戻り、坂口先生経由で病棟の看護師に全てを報告してもらいたいです。

でも、いいタイミングで坂口先生がコンビニにいてくれて良かった〜!グッジョブ👍
2017/05/01 Mon 08:44 URL
けしからんですね! : ポテチ
福岡さん。。付き添いしてくれる振りをして患者放置とは、けしからんにも程がありますね(怒)
だったら始めから1人だった方が、助けを期待しないだけ気持ちも楽だったろうに。
現在のMYKさんがお元気だと知っているから安心して読めますが、現在進行形のブログだったら心配で心配で堪らなかったと思います。

極限状態での外部からの心への刺激は、感情を揺さぶられまくりで防御のしようがないものですよね。
私も若い頃、失恋直後に宇多田ヒカルのfirstloveが聞こえたときは急に涙が出て困りました(汗)

坂口先生のキャラ、私は大好きです。不器用だけど、すごく考えてくれてるのでしょうね。
2017/05/01 Mon 17:25 URL
初めまして : ハルミン
いつもMYKさんのブログを楽しみにしている読者です。同じ病気で同い年(ちなみに独身子なし)です。
昨年同じ病気が発覚して3度入院しました。4人部屋で一人が好きなのでカーテン閉めたまま、特にご挨拶くらいで同室の方とコミュニケーションも取る事なく過ごしていました。加藤さんの闇が今度MYKさんのブログで解き明かされるのか…気になります。
福岡さんは病気の人と接する仕事を選んだはずなのに、それをほぼせずにいる存在自体論外です…(怒ってます)
現在ではMYKさんの体調が良いとの事、とても嬉しく思います。
(コメントの仕方が分からず、2つ入ってしまっていたら申し訳ありません)
2017/05/04 Thu 13:02 URL

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