[ 入院12日目 ] 雑談で癒される

2017/04/10 | trackback [ 0 ] | comment [ 4 ] | がん告知まで


お風呂で出会った女性、松田さんは60代後半の専業主婦で、子宮がんの治療中だと言う。
長らく検診を受けずにいたある日、ご本人曰く「月経が復活したのかと思うほど」の不正出血に驚いて病院へ行き、その後の検査でがんだとわかったそうだ。

「子宮は全部取ったんだけど転移してるのがわかって、抗がん剤治療してるの」

あたしの卵巣がん告白には一切触れず、松田さんは自分の今の状況をとつとつと語り出した。

「前もって言われてたけど、実際に髪が抜けてしまうと悲しくてね」

3人いる内孫のうち、一番小さい男の子が、春には小学生になると言う。

「他の2人の入学式には必ず出席していたの。それがこんなことになるなんて」

この時あたしはまだ、癌という病気も、転移の意味も、治療の副作用についても、とにかくあらゆる知識がなかった。
だからその病状が、孫の入学式に出られない松田さんの悲しみにどの程度作用してるのかも、ぼんやりとしか想像できなかった。
ただ、〝知らない〟という弱点は、時に強みにもなる。
だから、再び涙を浮かべはじめた松田さんに言った。

「じゃあ、そのお孫さんの卒業式にはとびっきりのオシャレしないといけませんね」
「えー。今より6歳も老けるのよ」
「6年経てばみんな6歳老けます」
「でも私、いまこんな状態なのに、6年後、生きてるのかしら」
「6年先に、絶対にはずせない用事があるなんてコトなかなかない。羨ましいです」

念のために書くと、松田さんを元気づけようとして言ったわけでは決してない。
単純に、癌という、あたし自身がいま一番恐れている病気について、その治療について、副作用について、詳しく聞くのが怖いから話を逸らしたかっただけのことだ。
身勝手だけれど、松田さんの弱音を聞いてあげる精神的余裕が、あたしにはなかった。
ただ、〝何年も先の絶対にはずせない用事〟が目標となり活力にもなるというのは、ずいぶん前から思っていたことで、「羨ましい」は、不意にこぼれ落ちた本音だ。

嫌いな人だらけの会社で毎日働き、食うに困らない金を稼いでそこそこ遊び、まあまあ楽しいのかな、と思える人生を自ら選択したあたしは、たとえば、来週友達と酒を飲むとか、たとえば再来月、一度でいいから行ってみたいと思っていたミュージシャンのライブに行くとか、その程度の未来しか見ずに、漫然と生きている。
あたしに生きる目標があるとすれば、〝母より先に死なない〟ということくらい。
成し遂げたい何かがあるわけでもないし、添い遂げたい人もいない。
そういう人生を、〝敢えて選んで生きている〟と自覚している。
なのに、多くの家族がいることで、あたしには見えない遠い未来が見え、それが希望に、活力になり得る松田さんが、羨ましいなあと素直に思った。

「6年しっかりお手入れすれば肌もちょっとは綺麗になるかしら」
「なりますよ。なりましょうよ」
「でもエステってなんだか敷居が高いのよね」
「わかりますー。だから最近は、『ホームエステ』とかいって、家にいながらエステサロン並みの効果が実感できる化粧品とか美顔器とかがあるんですよ」
「え!『ホームエステ』ってそういう意味なの!?私、家にエステの人がきてマッサージとかしてくれるんだと思ってた!」
「『出張エステ』的な」
「ああ!『出張エステ』っていう言葉も聞いたことある!でも私、それは、あの、男の人が女の子呼ぶものだと思ってた」
「あー、それは『出張ヘルス』です。最近は『デリバリーヘルス』。それか、略して『デリヘル』って言います」
「いやだー。私、ひどい思い違いしてた!」
「でも、『出張』のあとにカタカナ三文字つけたら、だいたいそれっぽい感じになりそう」
「そう?じゃあ、『出張レモン』」
「うん、明らかにデリヘルの店名ですねえ」
「じゃあメロンもトマトもバナナもダメね。じゃあ『出張ミント』」
「ナンバーワン嬢はミントちゃん」
「あ!『出張トマト』は」
「メロンもトマトもバナナもダメって言ったそばから」
「あらやだ!トマトもダメって言った?私」
「ええ」
「あ、マロンもダメだわ。食べものはダメね」

初対面の妙齢の女ふたりが真っ裸でする話じゃない。
だけど、久しぶりに、くだらない雑談をした気がした。
邪心がない、マウンティングもない、正真正銘の雑談が、なんだかとても心地よかった。



あたしが身体を洗う横で松田さんも身体を洗い始めた。
ところが、どうも背中が洗えていない。
聞けば、五十肩で右腕を上から背中に回せないと言う。

「洗いましょうか?」
「悪いわよー」
「そんなことない」
「でもー」
「気持ちいいですよ、きっと」
「そうよねえ」
「さあ!」
「いいのぉ?」
「もちろん」

松田さんから受け取ったナイロンタオルに、あたしが使っているボディーソープをつけてみた。
しっかり泡立てて背中をこすると、松田さんは、「うわぁ、いい匂い~」と可愛い声で言った。

「オーガニックコスメってやつです」
「高いの?」
「実は、ドラッグストアに売ってるのと効果の違いがよくわかんないんですけど、気分は全然違うんですよね」
「わかるわぁ」
「独身女はこういうところで無駄遣いするんです」
「うふふ。そういう人生も楽しそう」
「人生に潤いがないから肌を潤わせることに必死なんですよ」
「そんなことー。私、あなたくらいの年齢の頃はもう、綺麗になるなんて諦めてたわ。それにね、夫を亡くしてから遺族年金で暮らしてるんだけど、限られた収入なのに、孫にお金使っちゃうから自分にかけるお金がなくなっちゃうの」
「いいおばあちゃん」
「だけどね、時間もお金も自分のために使いたい!って猛烈に思うときもあるのよ」
「おばあちゃん業じゃなくてね」
「そう!でもね、いざとなると何にお金を使っていいのかわかんない」
「ああ」
「でもこういうことなのよね。イマドキのボディーソープを使っただけでこんなに気分がいいなんて」
「ちょっと高めのハンドクリームを使うとか」
「それいいわね!」
「普段はドラッグストアコスメでもいいから、出かける時にはロクシタン使うとかね」
「ロクシタン?」
「ちょっといいハンドクリーム入門はロクシタンからです」

いい匂いのイマドキボディーソープで洗った松田さんの背中は、見違えるほど綺麗になったし、背筋がピンと伸びて若々しく見えた。



たまたま同時期に入院した人とたまたま風呂で一緒になっただけの、本当にそれだけの出来事だった。
だけど、入院してからずっと続いていた緊張がほぐれた、貴重な時間だった。
あーあ、病室に戻りたくねー。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

comment

: るか
「邪心がない、マウンティングもない、正真正銘の雑談」が出来る人としか、最近は友達になれないな~って思います。
MYKさんが書く文章は、「そうそう!」と共感出来ることばかりです。
だから、MYKさんのブログが好きで、いつも見ています。
毎回読んだ後は、更新が楽しみです。
2017/04/10 Mon 22:53 URL
初コメです : きみ
とにかく…うまく伝えられませんが、MYKさんのブログに勇気をもらっています。
お身体ご自愛くださいね。
2017/04/11 Tue 00:04 URL
私も癒されました。 : ポテチ
良い香りのボディーソープとMYKさんとの会話で、MYKさんだけでなく、松田さんもどんなに癒された事でしょう。
色々と落ち込んだ時、それを忘れられる瞬間があるだけで気持ちは楽になりますものね。
いつもブログを読ませて頂くと、勇気?というか生きる活力?というか、上手く表現できませんが前向きになれます。
これからも応援しています。
2017/04/12 Wed 11:49 URL
初めまして : 春のウララ
私も卵巣がんで2012年に手術しました。
主治医がうちの病院は、病室四人で合宿所みたいな雰囲気でね!なんて
誉めてたのですが、
実際は
田舎ならではの患者同士の病気での自己紹介!!
ひどいひとは、抗がん剤やりながら自分の生い立ちを話しており
隣の部屋に二十歳のこが入ってきたって!とかいないところで
あの人のウィッグは分け目でわかる
などなど聞こえてくる!

最初から私はカーテン閉めきり女でした。
はじめての入院ですごく気持ちのわかってくれる別の病院で子宮内膜症(チョコレート嚢腫)で
カーテン閉めきりの居心地のよい
環境(両親を亡くしていたのでおばが身元引き受け人)に慣れていたため、
ガンのときはかなり嫌でした。
何が個人情報かと思いました!

あなたとは違うわと思われるかもしれませんが(違います!)
このブログを拝見し、親近感がわきました。
その後、直腸にも別種類で腫瘍が見つかりましたが内科はなかなか良かったです。
現在は元気にしています。

卵巣がん(2回手術一回目抗がん剤)の最後の抗がん剤入院のときなんて、
夜中の看護士の見回りのときに起きていたら
「●●さんは、ノイローゼだから起きてるのよ!」と
ナースステーションから、医者にはまったくそんなこと言われてないのに看護士に
陰口を大きな声でいわれました。
注意されてもカーテンしてるからですかね。他の患者さんに太陽があたらず暗いとか言われていました。が、開けたく無いですと断っていました。
キーパーソンは夫だけでした。

かなり居心地悪く、清掃のかたが
すべてのカーテンを開けて行ったときも閉めました。
他の病室の若い長老がカーテンごしに私のことをそんなんじゃいけないなど
他の患者さんに話してるふりを
しながら、説教され、
「こんばんは~」とカーテンを開けて御挨拶をしてまた閉めきりました。

カーテン閉めきりの生活は
今は何故あそこまで嫌だったのかなと
思うぐらいですが、あなたの病気は
何なのか?話のネタにされるのが
めんどくさいし、結婚したばかりでガンになって「若いときじゃなくてよかったわ」とか聞こえてきたり同室のかたに言われて
何て言うんでしょう。辛かったのです。
でも個室は嫌でした高額すぎて

私は現在 44歳です。年代も近い気がしたのです。
今後も楽しみにしています。
よろしくお願いいたします!!
2017/04/12 Wed 17:55 URL

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