[ 入院12日目 ] ボスにキレられる

2017/03/08 | trackback [ 0 ] | comment [ 0 ] | がん告知まで


あたしが加藤砲を浴びている間はひとことも喋らなかった同室の瀬川さんとタケちゃんは、加藤さんが病室を出ていくとすぐにあたしのベッドに寄ってきて、勢いよくザッ!っとカーテンを開けた。
プライバシーがー。
あたしのプライバシーがー。

タケちゃんは、「加藤さん、ひっどいねー。言い返してやればいいのに!」と怒り心頭だし、瀬川さんは、「やっぱりお部屋を変えてもらったほうがいいんじゃないかしら?」とオロオロしている。
あたしがどれだけ、「だいじょうぶです。平気です」と言ってもタケちゃんの怒りはおさまらず、「やることなすこと文句つけて、なんなのあの人は!」とか、「家族が思い通りにならないことの憂さ晴らしだよ!」とボルテージは最高潮、瀬川さんもそれを聞いてウンウン頷いている。

言いたくなる気持ちはよーくわかる。
あたしだって胸の内では散々言ってるし、親友と飲みに行けばそんな話ばかりしている。
でも、〝陰口〟みたいな後ろ暗い秘密って、信頼関係があってこそ共有できるわけで、加藤砲がじゃんじゃん撃ち込まれてる間は見て見ぬふりしてたのに、加藤さんがいなくなったからって急に〝味方だょ〟みたいな雰囲気出されてもさあ。
そんな、後ろ暗い秘密の共有で繋がる関係なんて、イビツすぎてすぐに崩れるでしょ。
あと、あたしが同調したら3対1の構図ができあがってしまう、ってのがどうも。
だって、いまみたいに、加藤さんがいなくなった途端に3人集まって、〝ちょっと!さっきのかなりひどくない?〟とか〝サイテー!〟とか言い合うんでしょ?

なにそれ面倒くさーい。加藤さんより面倒くさーい。

いやそれ以前に、加藤さんのことはもちろん嫌いだし鬱陶しいけれど、雑にあしらっても何とかなることがわかったいま、加藤砲問題はあたしの中では〝解決済み事案〟でして。
もうね、終わってるんです。
今更、なんですよ。

……とうんざりしていたところに救世主が現れた。
ボスである。



病室の入り口に立つボスの姿を見たタケチャンと瀬川さんは、乙女の顔になった。
うちのボス、ルックスだけはいい。
急に恥じらい始めた二人が興味深すぎるのでずっと観察していたかったけれど、ボスとの会話はさすがに聞かれたくなかったので、事前に看護師さんに教えて貰っていた、患者とその家族用の談話室に移動した。



日に日に強くなっていた〝卵巣がんかもしれない〟という不安は、いまや確信に変わりつつあって、そのかわり、仕事に復帰する自分の姿が霞み始めていた。
それに、手術は絶対じゃない。
明日の夜、生きているという保証はどこにもない。
だから、手術すると決まった日、ボスに仕事の引き継ぎがしたいと申し出たのだった。

談話室で向かい合うとボスは、「明日、どこをどう手術するの?」と聞いてきた。

「破裂した左の卵巣の残骸を回収する」
「それって腹を切るってこと?」
「うん。恥骨の高さあたりからド真ん中を上に10センチくらい」
「縦にか」
「うん」
「お前、手術したことあるの?」
「ないよ」
「怖くね?」
「手術しないほうが怖いよ」
「あ、確かに……。切るのか……。どのくらいで退院できるんだろうな」
「わからん」
「まあそうだよな」
「うん」

〝癌かもしれない〟とは言わなかった。
ボスの性格から考えると、「卵巣が破裂した」と聞いた時点で散々ググって、卵巣がんの可能性が高いとわかっているはずだ。
だけど、まだそれが〝可能性〟であるうちは、お互い言葉にはしなかった。

「仕事のことなんだけど」
あたしが本題に入るべくそう言うと、ボスはおかしなことを言いだした。

「いい」
「何が」
「いいよ」
「だから何が」
「考えたくない」
「これもひとつのリスクマネジメント。ボスの給料のうちです」
「でもできない」
「おまわりさーん。このひと給料泥棒でーす」
「自首します」
「ちょっと。気になってしょうがないから引き継いで」
「いやだ」
「おい」
「これまで通り、わかんないことは逐一メール送るから。具合が悪い時はほっといていいから、調子が良かったら返信して」
「だーかーらー」
「あとね」
「なに」
「頼むから元気になって」
「そのつもりですが」
「執刀する医者に俺からもお願いするか?」
「やめて」
「じゃあ!俺はどうしたらいいんだよ!俺がどうしたら元気になるんだよ、お前は!」
「わけわかんなくキレないで」



そう。あたしの近くには母を筆頭に、ボスやらユウコさんやら、面倒な人がたくさんいる。
加藤さんはもちろん、タケちゃんや瀬川さんの相手をしてる余裕はない。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

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