[ 入院6日目 ] 45歳女、暴行傷害事件を起こす

2016/08/17 | trackback [ 0 ] | comment [ 2 ] | がん告知まで


R病院女性病棟の看護師さんは美人揃いだと、患者のあいだではもっぱらの評判だった。
数日後に移動した相部屋に、「男性患者が多くいる病棟に美人がいると身体を触られたりしちゃうから、美人の看護師さんは女性病棟にいるのよ」と、徳川埋蔵金のありかを話すみたいに小声でそっと教えてくれた古参の入院患者がいたけれど、そんな話を信じてしまいそうになるくらい、美人が揃っていた。しかもみんな優しくて、賢かった。

長いこと、男性が多い会社で働いているあたしにとって、若くて綺麗で賢い女性が働いている姿を眺めるのも、彼女たちとお喋りするのも新鮮で、楽しかったし癒された。
なかでも、導尿のカテーテルが外れたことを一緒に喜んでくれた看護師の高橋さんとはよく話した。
若くて美人でスタイルもよくて優しくて賢くて。あたしにはないもの全てを兼ね備えてるような人だったのだけれど、共通点もあった。
高橋さんは毒舌だった。



カテーテルを抜いてもらったあと、疑問に思っていたことを高橋さんに訊いてみた。

「S先生と坂口先生、仰ってること違ってましたよね」

高橋さんは「ごめんなさい。びっくりしましたよね」と言ったあと、そんなことになった事情を話し出した。

「これを私が言うのもおかしいんですけど、ここだけの話にしてくださいね。あれはS先生がMYKさんの状態をちゃんと把握しないで判断したせいだと思います。“動けないからカテーテルは抜けない”っていうのが基本にあって、でも、最終的には回診でMYKさんの状態を見てから決めましょうねっていうことになってたんですけど、S先生、MYKさんをチラっと見ただけで、昨日と変わらなく辛そうって思ったからまだ抜けないって判断したんだと思います」
「どう?って訊かれなくても私から話せばよかったんですね」
「そんなことないです。回診では訊くのが当たり前なので。いまごろきっと坂口先生がS先生にいろいろ説明してくれてると思います。言葉遣いも注意してるハズです
「やっぱり病院としてもあの言葉遣いはダメなんですね」
社会人としてダメですよ。あり得ないですよ
「そうですねえ」
「S先生はカテーテル継続の判断でしたけど、でも、回診の時に同じくチラっと見ただけの坂口先生は違ったんです」
「回診の時、お二人は廊下にいらっしゃいましたよね」
「そうですそうです。坂口先生、廊下からちょっと覗いてMYKさんを見て、『元気そうじゃない?』って言ってたんですよ」
「元気ではないけど」
「『あの患者さん、本当に卵巣破裂してるの?ホントは破裂してないんじゃないの?』まで言ってました」
「え!破裂してない可能性もあるんですか!?」
「いえ、残念ながら破裂してます。『そこまで重症には見えない』って言いたかったみたいですけど、坂口先生の冗談って微妙で分かりにくいんです」
「……S先生と坂口先生、足して2で割ったような普通の先生がいいなー」
「大丈夫です!婦人科の先生は10名以上いますから、普通の先生もひとりかふたりはいます!
「低っ。普通の割合、低っ」
お医者さんなんて、みんなどこかしら変わってますから
「高橋さん…」
「長く働いてるといろいろあります…」
「た、高橋さん…」

その後も、A先生とS先生がペアというわけではないとか、主治医の坂口先生が外来や手術で不在でも他の先生が診てくれるから大丈夫とか、主治医とは患者の診療の責任者で、担当医は主治医の指示や指導を受けて診察する人ですとか、担当の看護師は日によって変わるし日中と夜間でも変わりますとか、「チーム医療」というシステムと病棟の体制について教えてもらった。

話を終えると高橋さんは、「じゃあ、先生呼んできますね」と言った。

「え?」
「今から腹水抜きますからね」
「ああ」
「先生に声をかけて、腹水を抜く準備をして…なので15分から20分くらいで戻ってきます。先生の都合で遅くなるときは言いにきますね」

そう教育されているのか、R病院の病棟の看護師さんたちは「時間」について、「後で」とか「しばらく」とか「ずっと」とかいう曖昧な言葉を使わなかった。
仕事でも家事でもそうだけれど、時間を明言するためには案外頭を使う。
安心させるためなのか、短めに時間を言ってみる人もいるけれど、5分と言って10分かかれば「遅い」と思われるし、3時間と言って15分しかかからなければ、「3時間って言ったのは何だったんだ」となるわけで。

余談だけれど、以前取引した東証一部上場の某不動産会社の法人営業担当者は、「午後に伺います」と言って夜7時に来たり、「朝イチ伺います」と言って来たのが11時55分だったりした。「見積書、明日の午前中にお持ちします」と言って今日の夜8時に来たこともある。
理由を訊くと、「昼には社に戻れるハズだったんですけど午前中のお客様とちょっと揉めちゃって」とか、「こちらの始業、9時なんですか!早くて大変ですねー。うちは朝は10時からなんです」とか、「見積書、明日の午前中って言いましたけど、会社に戻ってスケジュールを確認したら、別の、あの、○区の××町ってわかります?そこの△っていう会社に行く予定入ってたんで、マッハで作って持って来ましたよ!え?終業時間がとっくに過ぎてる?うちの会社、夜は7時までですよー。早く帰れるのいいっすねー」とか、どこからツッコんだらいいのかわからないことを明るく語る。
あげく、彼がマッハで作った見積書は、なぜか見積金額が当初予定の4割増しになっていた。

当然、

「担当者、チェンジで」

ということになり、見積書もチェンジした営業担当者にイチから作り直して貰った。

待っている人のことを想像すれば、約束を守れないとわかった時点で相手に連絡したくなるはずで、信用とか信頼はそういう行為の積み重ねで得られるものだと思う。
だから、ニアリーイコールの時間を即座に計算して明言できる看護師さんたちの習慣は本当に心地よかったし、ある意味、医師たちよりも頼りになったし信じられた。尊敬できた。



15分後、高橋さんはカートを押しながら、新たな男性医師を連れて戻ってきた。

「はじめまして。スガです」

このスガ先生(仮名)は30代半ばで、物腰が柔らかいぶん少し頼りなさげでもあり、そこが母性本能を刺激するのか、女性病棟の年配の入院患者から息子のように可愛がられていた。

腹水穿刺のため、70度まで上げていたベッドの傾きを、あたしが我慢できるギリギリの50度にまで下げた。
ベッドに頭をつけてみると、みるみる呼吸が苦しくなり上半身の痛みが更にキツくなったが、針を刺したら70度に戻すと言われたので、我慢した。
「苦しいですよね。すぐに終わらせますから」とスガ先生は言って、左の、骨盤より少し前のあたりをエコーで見ながら、穿刺箇所を決めていく。
ベッドを50度にしたことでお尻がずり下がってきたが、それに気づいたスガ先生がすかさず、「膝、立てて大丈夫ですよ」と言ってくれたのでそうしてみた。

高橋さんが消毒をして、手術の時に使うような穴の開いた布をお腹にかける。
スガ先生はあたしの左側に立って腰を曲げ、姿勢を低くすると、まず、穿刺する箇所に局所麻酔をした。

腹水穿刺はこの時が3回目。
1回目はO病院でYT先生が、2回目は前日に、このR病院でA先生が行った。
1回目のことはよく覚えていないけれど、昨日のことは覚えている。
昨日A先生がやった時と比べて、局所麻酔の針が浅いところで止まった気がした。

局所麻酔から少しだけ時間を置くと、スガ先生は腰を曲げ、姿勢を低くしたままの体勢で、太さ1.7mmの針をお腹に刺した。
昨日A先生が言ったように、「押される感じがありますけど動かないでくださいね」と言って。

その針が、おそらく筋肉の層か腹腔の手前に達した時、事件は起きた。
思わず、「い゛っ…!」と声が出て、反射的に足が持ち上がった。
その結果、針を刺したところの真上にあったスガ先生の顔に真横から膝蹴りを食らわせてしまった。

「あっ、痛いですね!ごめんなさいごめんなさい。麻酔追加しますから!」
「(ゼィゼィ)ごめんなさい…。蹴っちゃった…(ゼィゼィ)」
「大丈夫です。はい、また麻酔しますよー」
「(ゼィゼィ)ごめんなさい…(ゼィゼィ)」
「大丈夫ですから。もうちょっと動かないでくださいねー」
「(ゼィゼィ……ゼィゼィ……)」

2回目の局所麻酔は無事に効き、ようやく穿刺針が腹腔まで届いた。

「痛い思いさせてごめんなさいね」
「(ゼィゼィ)蹴っちゃっいました。ごめんなさい。顔、大丈夫ですか?(ゼィゼィ)」
「大丈夫です。気にしないでください」

笑顔でそう言ったスガ先生の顔は、左頬骨のあたりが擦れて赤くなっていた。
そして、それから数時間経ち、腹水を3リットル抜き終えたとき、病室にやってきたスガ先生の左頬骨には大きな絆創膏が貼られていた。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

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2016/08/17 Wed 15:22
: MYK
Mさん
コメントありがとうございます。
同じ病気で同じステージですね。
ダラダラと書いているので体験記としてはお役に立てないと思いますが、抗がん剤治療中、体も心も辛くて沈みがちになったなら、寝転がって読んで、くすっと笑ってください。

私は、癌と診断されて戸惑っている人や沈んでいる人に、「ステージ3cで余命宣告をされたけど、いまこんなに元気になってる人もいるんですよ!」と全力で伝えたくてブログを始めたんですが、それが伝わることを心から願っています。
2016/08/17 Wed 22:09 URL

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