[ 入院13日目 ] 麻酔から覚めて思う

2018/02/01 | trackback [ 0 ] | comment [ 2 ] | がん告知まで


真っ暗で狭くて細長い箱の中に横たわっていた。
そうか。手術して元気になるつもりだったのに死んじゃったのか。
あたりから聞こえるのは誰の声だろう。
知らない声だ。遠い親戚か、さほど話したことがないご近所さんとか?
あ、すげえ!人間って、死んでも耳は聞こえてるんだ!!!
こんなこと、誰も知らなくない?
誰かに教えたかったなー。でも死んじゃったから教えられないなー。
……と思ったあたりで気がついた。
ああ、死んでないや。これ、夢だ。
じゃあここはどこだ?
そう思いながら目を開けると、頭のほうから看護師さんと思しき女性の声が聞こえた。

「あれ?もう目が覚めちゃった?いまね、まだ手術室。手術は無事終わったからね。もうちょっとしたら病室に移動するから。まだ目は瞑っててもいいのよ」

自分がどういう状態なのかわからないから首を動かすのも憚られ、声の主が見られない。
でもあたしに言ってるんだろうなあ。
そうか、手術は終わったのか。
「目は瞑っててもいい」って言われたけど、開いててもいいんだろうか。

そんなことを思いながら目だけを動かして辺りをキョロキョロ見回していると、「病棟に戻りますよ」という声がして、自分が乗せられたストレッチャーが動き出した。
手術室で横になって麻酔をされてから覚めるまで、ポッカリ記憶がない。
必要なことだし当たり前のことだけれど、改めて考えると〝薬で眠らされる〟ってちょっと怖いな。

手術室前の廊下に出ると、窓から見える外はすっかり夜になっていた。

いま何時だろう。
手術はどのくらいの時間かかったんだろう。
まあ、そのうち先生か看護師さんが説明してくれるだろうし、酸素マスクが邪魔で声が通らなそうだし、なんだかちょっと喉痛いし、いまわざわざ訊かなくても病室に戻れば時計もあるし、なにもいまこの場で訊かなくていいか……。



あたしには、ふと疑問が湧いて人に質問する前に、本当に知りたいこと?知らなくちゃいけないこと?いま訊かなきゃだめなこと?と考えてしまい結局訊かずに済ませる、という悪癖がある。
そうなった原因はいくつかあるけれど、一番大きいのは、職場に三人いる〝要らない質問をして人の話の腰を折る検定六段〟みたいな人を見て、〝こうはなるまい〟と固く心に誓ったせいだ。

自分もちょいちょいやってしまいがちなのだけれど、たとえば今日の話。
仕事の件で六段のひとりに声をかけるとこんな会話になった。

「ボスが」
「ああ、会議室のプロジェクターの話?」
「いいえ」
「え?なんかさっき、会議室のプロジェクターが壊れたとかなんとかってボスと話してなかったっけ?」
「してたけど別件です」
「じゃああれだ。今日オレが送った資料、ミスってたとか?」
「いいえ。明後日の…」
「わかった!接待のお店の話だ!」
うるせーよ。全然違ぇよ。ってかクイズじゃねーし、クイズだったらハズレ過ぎだろ。何回お手つきしたら正解すんだよ。つうか、何回お手つきしていいルールなんだよ。何回お手つきしても当たんねえんなら黙って聞けよ」(性格だけじゃなく口も相当悪い)
「ごめんなさい。黙って聞きます。マジでごめん。ごめんってば……」

誰かが喋り始めたとき、〝あの話かな?〟と予想するのは当たり前だけれども、職場にいる三人の六段はそれを先走って当てたがる。
が、六段たちの予想はいつも見事に当たらないので、話が足踏みするだけである。
「あの」
「ん?ああ、プロジェクターの話?」
「そうです!鋭ーい!なんでわかったんですかー?」
的な会話を期待しているのかもしれないけど、正解しないことには感心のしようがない。
職場にいる六段ほどではないにせよ、初段二段クラスは世の中にゴロゴロいて、たとえばスタバで隣からそんな会話が聞こえてきたら、よく我慢できるなあと感心してしまう。
短気なあたしは、相手が余計な質問をするせいで、10秒で終わる話が30秒や1分になることが嫌だ。
今日のだって、
「ボスが、『明後日のお昼、クーポンあるからなか卯に行くぞ』って言ってたよ」
というだけの話なのだから。

有段者たちに心底うんざりし、自分だけは余計な質問を差し挟まないようにと気をつけているうち、日常で自分の頭に疑問が浮かぶと、声に出して訊く前に〝この質問、余計じゃないか?〟と考えるのが習慣になった。
そうしていくうちに、質問することが面倒になった。
脊髄反射的なスピードで質問を挟む大人も厄介だけれど、あたしみたいに、〝わざわざ訊いてまで知りたいわけじゃないし〟というおかしな理由で訊かないと、知る機会を自ら放棄する無責任な大人ができあがる。

そんな性分なので〝いま何時ですか?〟という軽い質問ですら、コンマ何秒か考えただけで〝わざわざ訊かなくていいこと〟に振り分けてしまう。
だから、手術室から病室までは、看護師さんに訊かれたことに頷くだけで、自ら声を発することはなかった。



ゆっくりと動くストレッチャーの上から、窓の外の真っ暗な世界を眺めていると、頭には、〝いま何時だろう〟以外にも、次々と訊きたいことが湧いてきていたけれど、やっぱりどれもこれも、〝わざわざ訊かなくていいこと〟のような気がした。
〝やっぱり卵巣がんだったのかな〟という思いも頭に浮かんだ。
だけどそれは一番の〝わざわざ訊かなくていいこと〟だ。
なぜなら、訊かなくても、聞きたくなくても、がん告知の瞬間はあと何日か後にやってくるのだから。

麻酔明けの頭はいつもにも増してぼんやりしていたけれど、何日か後にがん告知を受けるという思いは、予感ではなく確信だった。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。