[ 入院12日目 ] 加藤砲を雑にあしらう

2017/02/20 | trackback [ 0 ] | comment [ 3 ] | がん告知まで


若いころもいまも、人間関係で揉める原因を突き詰めて考えると、始まりは違うのにいつも最後は〝想像力の欠如〟という結論になる。
今となっては〝若気の至り〟で済ませたいようなことをウッカリしてしまうたび、想像力の足りない自分の不用意な言動を恥じて、後悔して、自己嫌悪に陥りつつもしっかり反省して、やがて思慮深くて落ち着いた大人になる……はずだった。
ところがあたしは、性格が悪いだけでなく堪え性もないので、失敗や後悔に耐えながら努力を続けて成長する、という道を早々に諦め、〝迂闊に喋らない〟という、雑で姑息な手段を使い始めた。
積極的に他人に関わらずにいれば、人を傷つける機会が減り、自己嫌悪が少なくて済むことに気づいたからだ。
ところが、意識してそうしているうち、話し合うことはもちろん、ガツンと言ってやらないと腹の虫がおさまらない!というようなことでさえ口に出すのが億劫になってしまい、その結果、胸の内に始終ドス黒いものが渦巻いている大人に仕上がった。

そんな大人なので、思慮の浅い発言を聞くと、胸の内はあっという間に悪態で満ちる。
ただ、嫌いな人のいけ好かない言動の理由や真意を考えるほど無駄なことはないと思っているので、たとえば、〝加藤さんがあたしを攻撃する理由〟は考えない。
もし考えたところで、出る答えは、〝加藤さんのアタマがおかしい〟という、失礼かつ身も蓋もないものになるだけだ。
誤解のないように書いておくと、この〝アタマがおかしい〟は〝想像力が足りないにも程があるだろ、コノヤロウ〟くらいの意味合いである。

そう結論づけてしまうとその後は、何をされても言われても、〝あーあ、やっぱりこの人アタマおかしいわー〟で済ませられるようになり、嫌な人とのコミュニケーションが楽になる。
性悪なので、胸の内のドス黒いものは消えないけれど、理解しようとすることで生じる摩擦は、理解することを放棄すれば簡単に消えてなくなる。



「卵巣がんね。お気の毒に」にしろ「もう産めなくなっちゃったわね。お気の毒に」にしろ、言った加藤さんに返す言葉があるとすれば、「黙れババア」くらいなものだが、四半世紀も大人をやっていれば時々はこういう人に遭遇するわけで。
そんな時にあたしが返す言葉はほぼ決まっている。
笑顔でもなく不機嫌そうでもない弛めの表情で、決して、話に食いついたと受け取られないよう、棘のないゆったりした口調で、「そうなんですかー」。
相手が、〝『そうなんですかー』って何が?〟と思いながらそのまま黙ってしまうような、同意のようなそうでもないような、でも反論や質問には聞こえない、打っても響かない感にあふれた「そうなんですかー」。
会話が噛み合おうが噛み合うまいが関係ない。
とにかく、「そうなんですかー」。



加藤さんに、「MYKさん。無理してお風呂に入る必要ないんじゃない?」と言われ、心底うんざりしながら、「そうなんですかー」と答えた。

「だって毎日身体は拭いてるんでしょ?それならいいじゃない」

加藤さんにとって、入浴と濡れタオルで身体拭くことはイコールなんですか?
あたしの中では全くの別物ですけどー。
世の中のみんながそれで済むなら、家の風呂はいらないし、温泉もスーパー銭湯も商売あがったりですね。
瓶のコーヒー牛乳も売れなくて生産中止になっちゃいますね。おいしいのに。
髪は?頭はどうします?
卵巣がんかもしれないけど、まだ髪の毛はありますよ、あたし。
というか、濡れタオルで身体を拭いてるから〝いい〟って何です?
何が〝いい〟んです?
あたしが身体を拭いただけでいいのか、風呂に入らなきゃだめなのかを判断するのって、加藤さんじゃないでしょう。
あと前提が間違ってるんですけど、そもそも、無理して入ろうとしてないです。
微熱があるのに風呂に入るような無茶をしなかったから今日まで風呂に入れなかったんです。

「そうなんですかー」
「それに、お掃除の人、急かしたら悪いでしょ」

急かす?悪い?
あたしが入るからって掃除を急いでもらうのか、普段から午前中いっぱいはかからないで終わっているのか、どっちかわかんないですけどね。
いずれにせよ、お掃除の人の負担を考えて仰ってるのなら、あたしじゃなく看護師さんに言ってみればいいんじゃないですか?
午前に入るって決めたの、看護師さんなんで。

「そうなんですかー」
「私なら、決められた時間以外にお風呂に入れろなんてわがまま、絶対に言えないわ」



裁判長!話がねじ曲がってます!ねつ造です!



「そうなんですかー」
「当たり前じゃない」



何か伝わったのか、なんにも伝わらなかったのかはわからないけれど、そこはどうでもいい。
加藤さんの〝助言と見せかけた意地悪〟を、聞いてるような聞いてないような雰囲気さえ醸し出せれば、もう、それだけでよかった。



風呂問題に関する話はこれだけで終わったが、加藤さんはこの後も、あたしが閉めきったカーテンの向こうから平気で話しかけてきた。
やっぱりここのカーテン、役に立たねぇな。

「どうしても午前中にお風呂に入るっていうわがままがしたいなら、お掃除の人に謝りにいかないと」
「麻酔科の先生もお忙しいんだから、午後は病室から一歩も出られないわよ。先生がいらしたとき、患者が病室にいないなんて失礼でしょ」
「割り箸なんか使ってるの?うちの息子のお嫁さんがむかーし割り箸使ってたことあったから、私、叱ったのよ。『そんな無駄なことするな!』って。『割り箸なんか怠け者が使うものだ!』ってね」
「まだ若いのに差し歯があるの?あと10年もしたら総入れ歯じゃない。お気の毒に」
「明日の手術、なかなかキビシそうね」

こういう攻撃すべてに、「そうなんですかー」と返しているので、当然会話は続かない。
そこで加藤さんは、〝この弾がダメなら次はこの弾を食らえ!〟と言わんばかりに攻撃を続けるのだけれど、なにしろ一番最初に放ったのが、「卵巣がんね。お気の毒に」という最強弾だったわけで。
撃たれる側からすれば、〝弾を使う順序を間違えたんですねー〟としか言いようがない。



加藤さんの意地の悪さと強さは鬱陶しかったし、もちろんどんどん嫌いになったけれど、こういうストレートな人をあしらうのは楽だった。
あたしにとって厄介なのは、入院患者から〝加藤砲〟と呼ばれていたこの攻撃に、新参者がただひたすら、「そうなんですかー」と返し続けるという不毛なやり取りを、息をひそめて見守っているような人だ。
つまり同室の瀬川さんやタケちゃんのような人たちである。



▶ 読了 - 2017/01/24
カーテンコール

商品詳細を見る


▶ 楽天BOOKSはこちら

▶ これほど聡明でチャーミングな人だったとは。自身の癌に真正面から向き合い、必死で学び、自分らしく生きる道を探し続けた彼女の選択のうち、たとえば、標準治療を選ばなかったこと、近藤某のセカンドオピニオン外来にかかったこと、手術のタイミングや方法、様々な民間療法を試したこと、その中に胡散臭いものもあったことなど、キャッチーな事実だけをつまみ上げて意見することの愚かさを思い知らされます。




ブログ更新のモチベーションになっています。「読んだよ」とか「早く続きを書け!」とかの合図にクリックお願いします!
にほんブログ村 病気ブログ 卵巣がんへ  


Twitterやってます。ブログの更新情報(自動)に加え、かつて一世を風靡したレコーディング・ダイエット的効果を期待してその日の体重をつぶやいていましたが、61キロで落ち着いてしまったので61キロじゃない時だけつぶやく方式に変更しました。




スポンサーサイト





■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

[ 入院12日目 ] カーテンの役割

2017/02/15 | trackback [ 0 ] | comment [ 4 ] | がん告知まで


翌日に手術を控えた、入院12日目の主な予定は三つ。
麻酔科医から硬膜外麻酔などの説明を受けるのがひとつ。
二つ目は、万が一のことを考えて、会社のボスに仕事の引き継ぎをする。
そして三つ目は、



お風呂に入る。



数日前から風呂の話は出ていたのだけれど、内臓の炎症からくる微熱がなかなか下がらなくて延び延びになっていた。
それがこの日の朝ようやく、36度台まで下がったのだ。
やったー。手術に間に合ったー。
検温した看護師さんも、「念願のお風呂ですね!」とニッコリ笑ってくれて、あたしも笑顔で頷いた。

何しろ、最後のシャワーを浴びたのは、入院前日の朝7時。
そこから12日間、毎日、看護師さんや看護助手さんが身体を拭いてくれていたけれど、身体が回復すればするほど、全身を泡だらけにしてゴシゴシゴシゴシ洗いたい欲求が高まっていたし、髪だって、洗面台で福田さんに洗ってもらった日以降は洗えていなかったから、自分で思いっきりガシガシガシガシ洗いたくて仕方なかったのだ。
やったー。やったーーー。

今日は朝食が半分くらい食べられた。ゆっくりだけれど、廊下の配膳車まで歩いて下膳することも出来た。洗面コーナーまで行って、歯を磨くことも顔を洗うこともできた。
昨日までできなかったことがどんどんできるようになっていくあたしを見て、今日も、看護師さん達は声をかけてくれる。
でも、無闇に手助けはしないし、あたしの動きを止めることもしない。
「すごい!昨日よりずっと動きがスムーズになってるー」
「重くない?ひとりでだいじょうぶ?」
「緊急ボタンはここにありますからね」
「洗面所、立ってるのキツかったら座ってね」
これまでも、〝応援してるよ〟〝ちゃんと見てるよ〟〝何かあったらすぐに助けるよ〟という気持ちが伝わってくる、看護師さん達の優しくて強い言葉に支えられていた。救われていた。
だからこそ、生きる意欲が削がれることなく今日までこれたのだ。
さあ、あとはお風呂だ。
お風呂に入って全身まるっと洗えさえすれば、気持ちが縮こまることなく、清々しい気分で明日の手術に臨める。
回診が待ち遠しかった。



洗面コーナーからトイレを経由して病室に戻ると、シャッ!っと音を立ててカーテンを開け、シャッ!っと音を立ててカーテンを閉め、ベッドに腰をかけた。
生活音は小さいに限る。
そこを敢えて荒々しくシャッ!とやるのは、同室の人たちに、〝カーテンを開けましたよ。でも聞きましたよね?カーテン閉めました。閉めましたからね?〟と知らしめるために他ならない。
それにしても、ベッドをぐるっと囲むこのカーテン、すごく便利だなあ。
だって、着替えをする時や処置する時だけじゃなく、誰とも話したくない気分の時だって、カーテンを閉めるだけでその意思表示ができるんだもの。
しかも、一言も発することなく、角を立てることもなく。
O病院で、胃がんかもしれないという不安と闘っていた占い師さんを思い出すわー。
向かいのおばあさんも隣のおばさんも、気にかけてるのにそっとしておいてあげてたっけ。
ただの布なのに、なんて多機能なんだ!



この日の朝の回診は、暴力女(45)に顔面膝蹴りを食らわされたスガ先生だった。
あれから6日経ち、顔の絆創膏は無くなっていたが、あたしが膝蹴りを食らわせた左頬骨のあたりはまだうっすら赤かった。

「痛々しいお顔で…」
「いや、もう全くなんとも」
「何日かは痛かったんですね」
「いえいえ。見た目がちょっとアレなので絆創膏貼ってただけですから気にしないでください」
「ありがとうございます。すみません」

暴力沙汰の話はこれで終えたものの、頬骨の擦り傷の痕は、いずれものすごいシミになってしまいそうで怖ろしくて見ていられない。
ああでも、ターンオーバーに時間かかりまくってる45歳のババアと違って、スガ先生まだ若そうだから平気か。
お医者さんだからいいかんじの塗り薬とか処方して貰ってるのかな。あるよね、アットノンよりヒルドイドよりすごいやつ。
それに、もしシミになっても、お医者さんだけが知ってるみたいなすごい薬で治せるのかもね。
やだ。なにその薬、あたしも欲しい。

シミのことばかり考えてフロのことをすっかり忘れていたが、看護師さんがスガ先生に話すとすぐに許可が下りた。

「ただ、滑って転んだりしたら明日の手術が中止になることもありますから十分に気をつけてくださいね」

気をつけます気をつけます。
うっかり転んで頬骨に擦り傷でもできた日にはシミになりますから!そんな年齢ですから!



風呂の許可は下りたけれど、病棟で決められている入浴時間は午後から。
ただしそれは、午前中はお風呂の掃除や浴槽のお湯の張り替えをするからだそうで、「麻酔科の先生からのお話しは午後になるからお風呂は午前中に済ませておきましょう」という看護師さんの判断で、掃除が終わり次第、午前中に入浴できることになった。
看護師さんからいつ、「お風呂いいよ」と声をかけられてもいいように準備をしていると、回診のあと、またキッチリ閉めたカーテンの向こうから加藤さんの声が聞こえた。



「MYKさん。無理してお風呂に入る必要ないんじゃない?」



役に立たねぇな、ここのカーテン。



ブログ更新のモチベーションになっています。「読んだよ」とか「早く続きを書け!」とかの合図にクリックお願いします!
にほんブログ村 病気ブログ 卵巣がんへ  


Twitterやってます。ブログの更新情報(自動)に加え、かつて一世を風靡したレコーディング・ダイエット的効果を期待してその日の体重をつぶやいていましたが、61キロで落ち着いてしまったので61キロじゃない時だけつぶやく方式に変更しました。






■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

[ 入院12日目 ] 加藤さんの深い闇

2017/02/03 | trackback [ 0 ] | comment [ 5 ] | がん告知まで


30代後半くらいまでは、結婚もしていないあたしですら、「子ども産んだほうがいいよ」と言われることが頻繁にあった。
「子どもはかわいいよー」
「年齢的に最後のチャンスだとおもうの」
「年をとったら誰に面倒見てもらうの?」
などなど。
言ってることはわかるけど、言ってしまう気持ちはまったくわからない。
もっと言うと、「生理痛がー」と言う人に、「子どもを産めば良くなると思うよー」と言ってしまう気持ちもわからないし、子どものいない既婚女性に、「早く子ども産んでご両親を安心させてあげないと」などと言う人は、翌朝起きたら歯が全部抜けてますように。フガフガ

ただひとつわかることがあるとすれば、そう言ってしまう人の大半は、思慮が浅いだけで悪気はない、ということ。
明らかな悪意や敵意をもってる人もいるけれど、ママ友や上司みたいな人質外交的関係でもない限り、縁を切れば済むことなのであたしにとっては大した問題ではない。
縁を切るのは大得意だ。
悪意や敵意をもって近づいてくる人も、思慮が浅い自覚のないお喋りな人も、どちらのタイプも嫌いだけれど、入院11日目に同室になった加藤さんは、これまであたしが出会った〝余計なことを言っちゃう人〟とは、どこか少し違っていた。



〝これは無理。初対面の人とカーテンだけで仕切られた部屋で一緒に寝るとか絶対無理〟と、繊細を気取って胸の内でブーブー言っていたわりに、術前検査で疲れきった入院11日目の夜は前の日より更にぐっすり眠れた。
やだ、あたしってば、いつからこんなに図太くなったの! ※けっこう前からです
思いっきり伸びをしながら大きいあくびでもしたいところだけれど、上半身の痛みはまだ強く残っていて、肺を大きく膨らませるとか横隔膜を動かすことは出来なかった。
あー、あくびがしたいー。

ベッドの上でほんの少しだけ足を動かした。
寝返りをうったわけでもないし、起き上がろうとしたわけでもない。
なのになぜか、隣の加藤さんが言った。

「MYKさん、起きたのね。おはよう」

カーテンの向こうから聞こえたその言葉に、心底驚いた。

母と二人で暮らしているけれど、寝室は別だし、生活リズムも全く違うので、どちらかと言えば、先に起きたほうはもう一人を起こさないようにしている。
お互いいい歳なので、起きる必要があれば自力で起きるし、たとえばあたしが休日に遅くまで寝ていても、特別な用でもなければ母が起こしに来ることはない。
長年そんなふうに暮らしてきたあたしは、起きてる確証がない、カーテンの向こうにいる赤の他人にいきなり話しかけるなんて、しない。
だってまだ朝の5時だよ。
良い子も悪い子も寝てていい時間じゃないか。
あー。あたしの常識を平気で飛び越えてくる人がすぐ隣にいるー。



加藤さんのタイミングに合わせて起きあがる気はないので、呼びかけには応えず、とりあえず二度寝することにした。
あたしはそもそも、性格が悪くて我儘で人の好き嫌いが激しく、仕事以外で出会った嫌いなタイプの人と親しくするという努力は四半世紀前に放棄している。
この場をやり過ごすため、「てへへ。起きたのバレちゃいましたか」と言うのは簡単だけれど、それを続けるのはまっぴらごめんだった。
命にかかわるかもしれない症状で入院してるのだから、余計な気を遣うくらいならいっそのこと、〝愛想のない人だ〟と、〝あの人に話しかけても無駄だ〟と思われたほうがいい。

朝の5時だし、そんな思いもあったしで、加藤さんの声にシカトを決め込んでうつらうつらしていたら、誰かが病室から出ていく足音が聞こえた。
すると、それが合図だったかのように、今度は向かいのタケちゃんが言った。

「MYKさん、6時だよー」

だったら何よ。
なんなの。なんで起こすの。
なんで、あたしの体調も予定もなんにも知らない人が6時だからってあたしを起こすの。
たまたま同じ時期に同じ病院の同じ病室に入院してるだけで、修学旅行でも合宿でもないんだから、ほっといてよ。
……と言いたくなるのを堪え、またもやシカトを決めこもうとした。
が、「起こしてごめんね」という声とともに、タケちゃんがあたしのベッドのカーテンを開けて、小声であたしを呼び続けるので、起きないわけにはいかなくなった。

「MYKさん、起こしてごめんね」
「おはようございます」
「加藤さんがいないうちに話しておいたほうがいいと思って」
「はあ」
「加藤さんには気をつけたほうがいいよ」

タケちゃん曰く、加藤さんは消化器系のがんの再発か転移かで、長年入退院を繰り返しているらしい。一人息子の嫁と折り合いが悪く、見舞いに来るのは旦那さんだけ。その旦那さんも週に1度来ればいいほうで、しかも、来るたび加藤さんと喧嘩をしているのだそう。

「だから、病院で患者仲間にあることないこと言って憂さ晴らししてるんだよ。あたしも随分言われたもん。瀬川さんの前にいた人も、退院したんじゃなくて部屋移ったの。加藤さんにかなりいじめられてたからねー」

「そうなんですかー」と応えたものの、タケちゃんが語る〝加藤さん評〟にまったく興味がないあたしが、このとき思っていたことはただひとつ。



くだらない話で起こさないでください。



女同士が集まると楽しいことも多いけれど、こういう煩わしさに遭遇したりもする。
あたしがその輪に入っていなければ全然かまわないのだけれど、とかく女性は共犯者を増やしたがる。
でもね、タケちゃん。共犯者は選ばないと。



タケちゃんの話が熱を帯びてきた頃、看護師さんが病室にやってきた。
「あら、みなさん早起きですね」と言った看護師さんに、「この人がー、くだらない話を聞かせるためにあたしを起こしたんですー」と告げ口したかったが、ペタペタと近づいてくる足音が聞こえてきたので口をつぐんだ。
足音の主である加藤さんは、病室に入ってくるとあたしを見て、ゆっくりだけれど一気に喋った。



「MYKさん、お子さんいないのにもう産めなくなっちゃったわね。お気の毒に」



その言葉を聞いた瀬川さん、タケちゃん、そして看護師さんまでが動きを止めた病室で、あたしは、〝加藤さんの心の闇は深そうだなあ〟と呑気に考えていた。



▶ 引き続き推してます。
夫のちんぽが入らない

商品詳細を見る


▶ 楽天BOOKSはこちら

▶ 相変わらずレビューを見ては驚いたりキョトンとしたりする日々です。入るのに離婚する人や、入るのに風俗へ行く人や、入るのに浮気する人は大勢いて、そういう小説だって掃いて捨てるほどあるのに、〝入らないけど結婚して、入らないけど一緒にいる〟という選択にダメ出しをする人がいることが、非常に興味深いです。前回も書いた通り、タイトルの事象について悩み、原因や解決策を求めている人にはまったくお勧めできません。病院へ行きましょう。




ブログ更新のモチベーションになっています。「読んだよ」とか「早く続きを書け!」とかの合図にクリックお願いします!
にほんブログ村 病気ブログ 卵巣がんへ  


Twitterやってます。ブログの更新情報(自動)に加え、かつて一世を風靡したレコーディング・ダイエット的効果を期待してその日の体重をつぶやいていましたが、61キロで落ち着いてしまったので61キロじゃない時だけつぶやく方式に変更しました。






■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。