受診予約を忘れる

2017/01/26 | trackback [ 0 ] | comment [ 3 ] | 今日のできごと


つい先日のこと。平日の昼休み、携帯に登録してない番号から着信があって、なんとなく見覚えのある番号な気がしたので出てみた。

「MYKさんの携帯でしょうか?ワタクシ、R病院婦人科外来受付の○と申……」

ここで用件に気づいた。



今日受診予約してたの、忘れてたよ、おっかさん!



「すみません、今日だって忘れてました」
「そうですかー。じゃあ別の日に予約を取り直しましょうか?」
「お願いします」

ああ、ごめんなさい。本当にごめんなさい。

主治医の坂口先生はいま、系列病院とかけもちで外来を担当しているのでR病院の診察日が少なく、今日をすっぽかすと2ヶ月以上先まで予約が取れない。
前回は11月、次回は早くて3月。
まあいいか……。

その後、受付の人と、「○日は?」「ああ、その日は仕事抜けられないから○日前後がいいんですけど」「んー、それだと4月になっちゃいますねー」「じゃあ4月で」と日にちを絞っていると、電話の向こうの遠くから声が聞こえた。

「MYKさーん。いまからおいでー」

坂口先生の声だ。

「ふふ。聞こえましたか?」
「はい……」
「坂口先生がああおっしゃってますけど、いまから大丈夫ですか?」
「はい……」



ボスに事情を話し、失笑に見送られながら早退して、R病院婦人科外来の受付に着いたのは午後2時。
ところが、廊下の待ち合いに誰もいない。受付の人もいない。
あれ。いまからっていまからじゃなかったのかな。(意味わからん)
〝再診〟と書かれた箱に受付票を置いて、廊下のベンチに座ってしばらくはキョロキョロしてみたけれど、まあそのうち誰か来るだろうと思い直し、本を読みながら待つことにした。



子どもの頃からいつも本を読んでいる。
入院中もずっとそうで、自分で買った紙の本や電子書籍だけでなく、週に1度病院にやってくる移動図書館や、病棟にある本棚から借りたりもして、常に何かを読んでいた。
「仕事に関係する本以外はめっきり読まなくなった」と言う坂口先生は、それでもいちいちあたしに、「今日は何読んでるの?」と訊いてきて、ジャンルを問わず、興味が湧いた本はあたしが貸したり坂口先生が自分で買ったりもしていたし、あたしが坂口先生から借りることも多々あった。
治療が終わってからは、2ヶ月に1度、外来の受診時にしか会わなくなったけれど、ここ2年は検査結果や体調に変化がないので雑談ばかりしていて、「今日は何読んでるの?」とほぼ毎回訊かれている。

受診予約をすっぽかしたこの日にあたしが読んでいたのは私小説で、3ヶ月以上前から発売を本当に楽しみにしていたのだけれど、書店で買うのは憚られるタイトルなのでAmazonで予約して、先週ようやく手にすることができた待望の一冊だった。
シンプルでドライで物悲しくて美しい彼女の文章が好きで、このブログを始めるとき、彼女みたいな文章が書けたらいいなあと思っていたけれど、あたしには到底無理で。
そんな彼女のメジャーデビュー作だから、すぐに読みたかった。

好きだなあ。やっぱりあたしはこだまさんの書く文章が好きだ。
こだまさんの世界を壊さずに、このタイトルで世に出した出版社も素晴らしいけれど、それ以上に、この物語を書き上げたこだまさんの覚悟が尊くて美しい。

最後の最後まで読んで、涙が出そうになるのを堪えて、また最初から読み始めた。
読み返すたびに新しい発見がありそうだと心が踊りはじめたとき、ようやく、看護師さんと坂口先生がやってきた。

「すみませんでした」
「ううん。逆に待たせちゃった。ごめんね。午前の外来が終わったの1時で、今日は午後の診察ない日だからゆっくりしちゃってた」
「ああ…、午後の診察がない日なんだ。ますます、ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「いいのいいの。で、今日は何を読んでるの?」
「言えません」(即答)
「え?」
「タイトルは言えないし、男の人は共感しなさそうな内容の本。ああでも、一周回ってアリか。婦人科のお医者さんだし」
「なになに。気になる」



そんな成り行きで、坂口先生はいま、人様には言いづらいタイトルの小説を読んでいる。



「このタイトルを気にせずに読める感じ?」
「タイトルになるくらいだから重要です。気にせずには読めません」
「だよね」
「婦人科の先生は、むしろそこが一番気にかかると思う」
「なるほど。そういうことか」
「楽しい物語ではないけど、それだけでもないの」
「力説するねー。わかった。読んでみる。それにしても相変わらず元気そうだね。まあ、病院の予約忘れるってことはそれだけ元気ってことだもんね。いいことです」
「……本当に申し訳ありません」
「いいのいいのー」



こんな成り行きで、坂口先生はいま、人様には言いづらいタイトルの小説を読んでいる。



次回の婦人科受診は3月。
忘れないよう、携帯のスケジュール帳に〝夫ちんの感想〟と入力した。



※タイトルの事象について悩み、原因や解決策を求めている人にはまったくお勧めできません。病院へ行きましょう。



▶ 坂口先生に薦めた本 [ その1 ]
夫のちんぽが入らない

商品詳細を見る


▶ 楽天BOOKSはこちら

▶ Amazonや楽天BOOKSのレビューを見て、同じ本でもこんなに受け止め方が違うのか、と感心したり呆れたりしています。この本には、〝自分が出来ていることが当たり前だと信じ、他者の人生にもそれを当てはめようとする行為が、どれだけ人を傷つけ追いつめるのか〟ということも書かれているんですが、Amazonや楽天BOOKSで低評価をつけている人のレビューには〝出来ているほうの人〟が言いそうな文言ばかりが書かれていて大変興味深いです。そういう人たちは、最後の2行の文章を自分に当てはめて読むことはしないのでしょうけど、〝出来ないほう〟の私にとっては、賛辞の限りを尽くしても余りある、渾身の2行です。




ブログ更新のモチベーションになっています。「読んだよ」とか「早く続きを書け!」とかの合図にクリックお願いします!
にほんブログ村 病気ブログ 卵巣がんへ  


Twitterやってます。ブログの更新情報(自動)に加え、かつて一世を風靡したレコーディング・ダイエット的効果を期待しつつ、その日の体重をつぶやいたりつぶやかなかったりします。つぶやいていないときは61キロです。今日も61キロジャスト。こうも続くと、自分が61キロの重りみたいに思えてきます




スポンサーサイト





■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

[ 入院11日目 ] 厄介な原動力

2017/01/20 | trackback [ 0 ] | comment [ 2 ] | がん告知まで


夕方、母がやってきた。
O病院の時と同様、同室の人たちに挨拶もせずにあたしに寄ってきて、みるみる目を潤ませながら、「どう?」と言う。
よく泣くね。

「順調に回復してます」
「いいよ、私が来たからって無理しなくても……。そうだ、頼まれたアレ持ってきたよ」

この日、母に持ってきてもらったのは、ジェルネイルを取るための道具一式。
全身がドロドロでもヨレヨレでもボロボロでも、爪だけはツヤツヤでキラキラしていた日々が終わってしまう。
あーあ。まだ、あと1週間はもつのにもったいなーい。
これが唯一の〝元気だった頃の名残り〟なのに。取っちゃったら、正真正銘の病人になっちゃう。
11日間もなんとかなってたんだから、手術ん時もなんとかなるんじゃないの?
ほんとに取らないとだめなの?
結構高いんだよ、これ。
…と、入院の1週間前、8,800円プラス消費税で施したジェルネイルに未練タラタラである。



ジェルネイルを取るのに使わせてもらえることになっているカンファレンスルームに移動する。
同室の3人はベッドにいたけれど、誰にも行き先は告げずに病室を出た。
ネイルの道具が入ったトートバッグを持って母が続く……はずが、気配がないので振りかえると、病室から数メートルのところで立ち止まって泣いていた。
ほんと、よく泣くね。

「なに」
「歩けるようになったんだね……グスングスン」
「ああ。ひとりで歩いたの初めてだ。午前中は車椅子だったし、さっきは看護師さんに手を繋いでもらってたから」
「じゃあ、手繋ごう」
「いいよ。却って危ない」
「そうだった。このあいだのトイレで無理だってわかった。共倒れちゃう」
「うん。気をつけてゆっくり歩くから」
「MYKちゃんがこんななのに、私はなんにもしてあげられない……」
「道具持ってきてくれたじゃない」
「そんなこと……」
「助かってます」
「MYKちゃん……」
「ちょっと」
「ウッ……」
「待て」
「ウッウッ……」
「我慢して」
「うっ、うっ、うぇーーーーーーん」



お母さん、静かに泣いてください。



泣いて立ち止まっている母の手を引いて、カンファレンスルームへ向かう。

「私が手を貸してあげなきゃいけないのに……グスングスン」
「そう思うならしっかりしてください」
「だってぇ……グスングスン」
「お母さんのこと気にかけてる余裕ないから、ほんとしっかりして」
「気にしてくれなくていいもん」

そういうことじゃないよ。



カンファレンスルームに入り、ジェルネイルを取るべく、道具を広げる。
向かいに座ってもしばらくグスグス泣いていた母は、あたしが、アルミホイルやコットンを切っているのを見て、「それ、私がやる」と言った。
あたしは、キッチンペーパーを広げて、ファイル(やすり)でジェルの表面を削り始めた。

「MYKちゃん。このハサミ、あんまり力入れてないのによく切れる」
「うん」
「このハサミ高いの?いくら?」
「安い。300円とか400円とか」
「いいね。これ、ちょうだい」
「どうぞ」
「やっぱりいらない……」
「ん?」
「今日ね、この道具を持ってくるのに部屋に入ったら、本棚の本はどうするんだろうとか、バッグは売れるなとか考えちゃって、辛くて辛くて……グスッグスッ」
「売るんだ」
「もう、MYKちゃんの部屋の物、見るの辛いから全部捨てる……。このハサミも……グスッグスッ」
「お母さん」
「一人用の小さい家に引っ越すんだ……グスッグスッ」
「お母さん」
「それで一生引きこもる……グスッグスッ」
「お母さん。言い忘れてたけど、明後日手術するよ」
「無理だよ……」
「できるんだって。明後日手術してくれるんだって」
「ふぇっ……?」
「治療してもらえるの。きっと元気になれるから。だからあたしの部屋の物、勝手に捨てないで」
「ふぇっふぇっ……」
「あと、泣くなら静かに泣……」
「う゛っ、う゛っ、う゛ぇーーーーーーん」



言い忘れてたあたしが悪い。
ただ、日に日に回復していくあたしの姿が見えていないかのように、〝娘が死ぬ〟という恐怖に取り憑かれていた母は、とにかく厄介だった。
ただ、母に派手に泣かれるたび、〝この人を遺しては死ねない〟という感情が強くなり、それはやがて、〝どんなことにも耐えて、絶対元気になってやる〟という思いに膨らんでいった。
母の弱さがあたしの原動力だった。



▶ ハサミ
コクヨ/ハサミ エアロフィット (ワイドハンドル)グルーレスタイプ ライトグレー

商品詳細を見る


▶ Amazonはこちら

▶ いらないって言ってたのに、今では完全に〝私のハサミ〟とか言っている母。返して。




ブログ更新のモチベーションになっています。「読んだよ」とか「早く続きを書け!」とかの合図にクリックお願いします!
にほんブログ村 病気ブログ 卵巣がんへ  


Twitterやってます。ブログの更新情報(自動)に加え、かつて一世を風靡したレコーディング・ダイエット的効果を期待しつつ、その日の体重をつぶやいたりつぶやかなかったりします。つぶやいていないときは61キロです。今日も61キロジャスト。






■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

[ 入院11日目 ] ボスのリアクション

2017/01/17 | trackback [ 0 ] | comment [ 3 ] | がん告知まで


同室の瀬川さん、看護師の高橋さんと楽しく話しているところに、看護師の佐藤さんがやってきた。
看護師長が話があるそうで、高橋さんと一緒にカンファレンスルームに来て欲しいと言う。
一応、〝なんだろうなあ〟という体で病室を出たが、用件は察しがついた。

カンファレンスルームで待っていた看護師長は、あたしが入るなり、「落ち着きましたか?」と訊いてきた。
MRIでの失態が師長の耳にまで!と思ったけれど、よくよく話を聞いてみると、師長が気にかけていたのは、加藤さんの発言によるあたしのダメージだった。

「大丈夫です。取り乱すほどのことでもなく。さっきは寝ちゃっただけなので」
「寝たフリするしかないですものね…」
「いえ、マジ寝です」
「え?」
「マジ寝です」

どんな話し合いからこの場を設けるに至ったのかはわからないけれど、おそらくこれまでも、加藤さんが原因のトラブルがあったんだろう。
実際、同室の瀬川さんは部屋のチェンジを申し出てるわけだし。
あたしが「大丈夫」と言ったのを受けて、師長がこの場をどう収めるのか、興味深く眺めていたが、「そうですかー」「うーん」「大丈夫なのかしら…」と、何やら迷っているふうで、収まる気配が全くない。
なので、「限界だなあと思った時はご相談します」と、あたしが収めてみた。
短気なんで。



組織の底辺にいる者から言わせてもらえば、上に立つ人には、柔軟であって欲しいし、臨機応変であって欲しいし、常に毅然としていて欲しい。
想定外の答えにオロオロしないで欲しいし、それ以前に、想定していて欲しい。



病室に戻ってすぐ、会社のボスに、手術が決まったことをメールした。
入院2日目に来てくれたボスが初めて見せた、困ったような表情が目に焼き付いて離れず、それを思い出すと自分が不甲斐なくて辛くなる。
だから、毎日何通もやり取りしていたメールでは、挨拶がわりにその日の体調を書くくらいで、あとはあくまで淡々と仕事のことだけを書いていた。

明後日の夕方手術することになりました。
当日は14時頃までメール対応可能です。それ以降は、可能になり次第返信します。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんがよろしくお願いします。


普通通りにメールを送ると、すぐに返信があった。
そして、それを読んで脱力した。


心配だよぉ~。(T-T)(T-T)(T-T)



お前もか。



ブログ更新のモチベーションになっています。「読んだよ」とか「早く続きを書け」とかの合図にクリックお願いします!
にほんブログ村 病気ブログ 卵巣がんへ  


Twitterやってます。ブログの更新情報(自動)に加え、かつて一世を風靡したレコーディング・ダイエット的効果を期待しつつ、その日の体重をつぶやいたりつぶやかなかったりします。つまり、がんばってません。






■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。