[ 入院11日目 ] 坂口先生、キムチを作る

2016/12/26 | trackback [ 0 ] | comment [ 6 ] | がん告知まで


しょうもないきっかけで散々泣いて迷惑をかけまくったMRIが終わり、看護助手の男性が押す車椅子に座って項垂れたままMRI室から出ると、廊下には金沢さんがいて、あたしの顔を見てニッコリ笑うなり、「泣いちゃったんだって?」と言った。
MRI室から病棟に、「終わったので迎えにきてください」的な連絡をしたとき、あたしが泣いたことも伝えたらしい。



トリオめ……。



その申し送りが〝余計なことじゃない〟ってのはわかるんだ。
『ALONE』きっかけで心のバランスが崩れた可能性だってあるし、そのままズブズブと泥沼に嵌る可能性もあるし。
でもさあ、トリオ。君たちは明らかに、「ラジオでツボる曲聴いて泣いてましたよ、あのババア」的な言い方したよね。
そうじゃなきゃ、病棟のみんなのあの対応の説明がつかないもの。

病棟に戻って最初に会った看護師の佐藤さんには、「ラジオ聴いて泣いちゃったんですって!?」とニヤけられ、看護師の高橋さんには、「何の曲で泣いたんですかー?教えてくださいよー」とツンツンされ、看護師の堺さんには、「泣きたかったら病室でいくらでも泣きなさいよ!びっくりしちゃうでしょ、MRIの男の子たちが!」と叱られ、坂口先生にいたっては、術前検査で疲労困憊し、夕食までベッドで寝ようとしていた矢先、見舞客よろしくふらりと現れ、ベッド横の椅子に腰を下ろしてしまった。



「で、泣いたんだって?」



ウルウルとかホロリとかだったらまだマシだったのかもしれないけれど、音楽がきっかけで人目も憚らず大泣きするという年甲斐のない行為が、少し時間が経って客観視できるようになればなるほど、頭を抱えてしゃがみこみたいくらい恥ずかしくなってくる。
みんなに知られるくらいなら、誰にも見られないところで声を殺して泣くんだった。
あー、不覚だったーーー。

……という思いを隠してようやく坂口先生の問いかけに反応した。

「はい」
「痛くて泣けてきた?」
「いや、身体は平気だったのになんか急にぐわーっときて」
「そう」
「検査技師の人に迷惑かけてしまった」
「泣いたくらい。全然迷惑じゃないよ」
「でも、泣き止むまで10分くらい検査中断させちゃって」
「じゅうはっぷん」
「ん?」
「中断は18分だって」



傷口に粗塩すりこむタイプだな、坂口。



「ところで手術の日が決まったってお母さんに言ったの?」
「まだです」
「お母さん、今日病院にいらっしゃる?」
「16時半頃に」
「じゃあお母さんいらしたら、看護師さんに、俺に連絡するように言って。手術の説明するから」
「それ聞くの、私ひとりじゃダメなんですか」
「ご家族には同席して欲しいんだけど。何?お母さんが心配?」
「たぶん泣くんで」
「そう。でもさすがに18分は中断しないでしょ



傷口に唐辛子まですりこむタイプだな、坂口。
キムチでも漬ける気か。



坂口先生はそれからもちょいちょい、「18分」と口にしてはあたしを黙らせながら、治療とはあまり関係なさそうな話を続け、喋るだけ喋ると急に、「ああ、ごめん。疲れてるよね。寝て寝て」と言って去っていった。

朝だったら、ここで小さくため息をついていただろう。
「なんなんだよ、あいつ」くらいの独り言は言っていたかもしれない。
でも、もうそれはできなかった。
なぜなら、術前検査をしている間に、病室が、個室から相部屋に移動されていたからである。
つまり、この時は既に4人部屋にいた。
そして、坂口先生が病室を出ていくとすぐ、あたし以外の3人が喋り出した。

「私、坂口先生があんなに喋るの初めて見たわ」
「私なんて初めて声聞いたわよ」
「あの先生、回診の時、全然喋りませんよね?」

R病院に来てから会った医師の中であたしが一番喋っているのは坂口先生だったから、3人が無口だと思っているのは、単に担当が違うとかそんな理由だろう。
そんなことより、挨拶をしなければ。
あたしが術前検査から戻ってきた時はなぜか3人ともいなくて、坂口先生が来た直後にみんなが戻ってきたから、挨拶するタイミングを逸していた。

挨拶をしなければ。
でもひとりじゃ起き上がれない。それに、なんだかものすごく疲れた。
いっそのこと知らんぷりして寝てしまおうか。
楽なほうに気持ちが流れていくのがバレたかのように、次の瞬間、あたしのベッドに3人が寄ってきて自己紹介を始めた。



そしてあたしは、相部屋に移ったこの日から、長いこと遠ざかっていた女性特有のコミュニケーション術に翻弄されることになる。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

[ 入院11日目 ] 術前検査 ファイナルステージ

2016/12/20 | trackback [ 0 ] | comment [ 8 ] | がん告知まで


幼い頃は泣き虫だったのに、いつの間にか、母や親戚や友人や会社のボスから見たあたしは〝泣かない人〟になっていた。
確かに、人前で泣くのは、近い人に不幸があった時くらいだ。
長く大人をやっていると、泣きたくなるようなことは数えきれないほどあるけれど、そのほとんどは、泣いてもどうにもならない。
でもあたしは、実はしょっちゅう泣いている。

一番最近泣いたのは、先々週、部屋でひとり、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の第9話をリアルタイムで見ていた時。
49歳なので、そのほとんどは〝みくりが可愛すぎる件についてー!〟と崖から叫びたいくらいの気持ちで見ているのだけれど、石田ゆり子さん演じる、アラフィフ独身の土屋百合ちゃんには感情移入しまくっている。

9話では、執行役員でもある首都圏本部長とその腰巾着に、
「融通が利かないよな、土屋は」
「いまだに独身なのがわかる気がします」
「それもあって必死なんだよ」
なんていう陰口を叩かれていることを知り、部下たちの前では気丈に振る舞えていたのに、風見の前でちょっと気が緩み、
「たとえばあたしみたいなアラフィフの独身女だって、社会には必要で、誰かに勇気をあたえることができる。『あの人が頑張ってるなら自分ももう少しやれる』って、いまひとりでいる子やひとりで生きるのが怖いっていう若い女の子達に。『ほらあの人がいるじゃない。結構楽しそうよ』って思えたら少しは安心できるでしょ。だからあたしは、かっこよく生きなきゃって思うのよ」
と言ったあと、うっかり涙がこぼれてしまった百合ちゃんを見て、百合ちゃんの三十倍くらい泣いた。
ああ、今夜の最終回、百合ちゃんが幸せになれますように。

こんなふうに、テレビドラマや映画や本や好きな音楽で泣くことはしょっちゅうある。
けれど、泣くときはいつもひとりだから、周囲の人はあたしがしょっちゅう泣いていることを知らない。



さて、術前検査ファイナルステージ、人生初MRIの話である。

MRI室に行くと、そこには検査技師が2人と、自力で仰向けになれない60キロ超えのババアの介助要員として、男性の看護助手が1人いた。
「だいじょうぶですか?」「ゆっくりでいいですからね」「じゃあまずは検査台に座ってみましょうか」と3人が口々に言ってくれるが、仰向けになるのはCTでクリア済みだ。
申し訳ないやら気恥ずかしいやらで、「CTでは仰向けになれたので大丈夫かと……」と申し出たが、「CTで頑張った疲れがくるかもしれませんし」「苦しいのは苦しいでしょうし」「11日ぶりの仰向けですから」と、男性3人はますます前のめりだ。

3人に支えてもらいながら、ゆっくり仰向けになる。
「う゛……」
CTの時と同じく、仰向けになってすぐは呼吸の仕方がよくわからなくなって声が出た。
すると、「だいじょうぶですか!」「一旦起きますか!」「吐きたいようならここに!」と、3人が一斉に心配してくれる。
一生懸命なこのトリオに今以上の心配をかけないよう、必死で呼吸を落ち着かせた。
ナースコールのようなボタンを持たされ、MRI特有の工事現場みたいな騒音対策としてヘッドフォンをつけられた。
テレビもラジオも音楽も本もネットも、心を揺さぶられる可能性のあるものは全て排除し続けた11日間だったから、ヘッドホンから何が聞こえてくるのかとビクビクしていたが、聞こえてきたのはFMラジオ。
ローカル局が作ったと思われる、どこかの山間に新しくできた、農産物と工芸品の直売所を紹介するという、なんとものどかな番組だった。
それをなんとなく聞いているうちに準備が整ったようで、いよいよ検査が始まった。



のどかなラジオ番組をバックに、ヘッドフォンからは時折、「動きまーす」「音がしますよ」と言う検査技師の声も聞こえる。
「だいじょうぶですかー?苦しくなったらすぐに右手のボタンを押してくださいねー」と、言葉をかけてくれるが、検査は3~40分で終わるらしいし、たとえばこの体勢のまま眠れと言われたら無理だけど、浅く呼吸をしているぶんにはなんとかやり過ごせそうだった。
狭くて丸い穴に入れられて初めて、閉所恐怖症の人が嫌がるのが理解できたが、狭いのが平気なあたしはすぐに慣れたし、むしろ落ち着いた。
ただ、狭い空間でひとり目を閉じるとやっぱり考えてしまう。
金沢さんの話を聞いた時に感じた、働く場所がなくなってしまうかもしれないという怖ろしい現実を。

ひとりなんだなあ、と思った。
もちろんこれから先、病気を治すにはいろんな人の手を力を借りることになるのだろうけれど、治ったあとあの会社に戻れなければ、そこからはひとりで、生き続けるための糧を見つけなければいけない。
胸の内で散々悪態はついてきたけれど、誠実に仕事をしてきた自負もあった。
会社の業績が下がって真っ先に首を切られるのは自分を含む非正規雇用の人たちで、だからこそ、無駄な費用を抑えつつ、会社の利益を考えて仕事をしてきた。
でも、いつになったら働けるのかわからない今、卵巣がんだったら尚更、「あたしの席を残しておいて欲しい」だなんて言えない。
何年勤めようがどんな志しだろうがきっと関係ない。
それが非正規雇用の現実なんだ。

ああ、このまま考え続けていたら気が滅入ってしまう。
ひとつひとつこなすしかない今、まずは無事にMRIが終わることだけを考えよう。



あたしの心とは真逆に、ラジオは相変わらずのどかだ。
その界隈で漬物名人と呼ばれているおばあさんが漬けた梅干しを食べて、アナウンサーが感想を言っていた。
直売所のオープンを記念して、週末には、漬物名人による白菜漬け教室が行われるらしい。
冬だからなー。
白菜の漬物いいなー。

と、呑気に考えた直後だった。
本物の敵は思わぬところからやってくるもので、それまではのどかな、「そんな誰も来なさそうな産直所、儲けはあるの?」と心配になるくらいのどか過ぎるラジオ番組が終わりに近づき、アナウンサーが言った。
「それでは今日は、この曲を聞きながらお別れです」
それに続いて聴こえてきたのは、英語の歌だった。



♪アーイワーズボーン トゥフォーリンラーブ ユーノー ウィブオーラローン
♪ホードョードゥリー インネーバエーン ネイキッダーイズ イーンダスカーイ







この曲が特別好きというわけではないし、いい曲でいい歌詞ではあるけれど、これを聴いて泣いたことはない。
敗因は、最初の〝I was born to fall in love.〟だけを聞いて、「B'zの『ALONE』だ。(しかも英語詞から始まってるからアルバムバージョンだ)」とわかってしまったことにある。



ひとりを実感してるいま、なんで『ALONE』が聴こえてくるの。



あ……、と思った時にはもう遅かった。
11日間ずっと、おへそのあたりに留めておけていた感情が、するどい痛みと共にせり上がってきた。
あまりの痛みと苦しさに慌て、せり上がってくる涙を止めようとしてみたが、異変に気づいた検査技師の、「どうしました!」「だいじょうぶですか!」という声で、我慢の糸がプツリと切れた。

「うぇっ……うぇっ……うぇっ……」

痛いし苦しいしどんどん涙は出るしそれが耳の穴に入ってくすぐったいし恥ずかしいし、なのに泣くのを止められないし。
ヘッドフォンから、「一旦止めますね!」という声が聞こえ、申し訳ないと思うのだけれどまともに喋ることができない。
検査を中断し、あたしは穴の中から引き出された。

「どうしました!お腹ですか!胸ですか!」
「狭いの怖かったんですか!」
「痛いんですね!苦しいんですね!」

そう口々に言いながら、あたしの身体を楽にすべく固定ベルトを外しにかかったトリオに、状況を説明する。

「うぇっく……ラジオが……うぇっく……」
「ラジオ?ラジオがどうしました?」
「ラジオで……うぇっく……びーずの……うぇっくうぇっく……」
「びーず?」
「びーずの、あろーんっていう歌があ…あ…あ…うぇっうぇっうぇっうぇっ……」

異変を察知し、MRIを中断し、45歳(当時)のババアが泣いている理由を尋ねて返ってきた答えが、「ラジオからB'zのALONEっていう歌が流れてきたから」だった時の検査技師の気持ちを代弁するなら、「なめてんのか、ババア」しかない。
もちろん、迷惑をかけていることは承知しているし、こんなしょーもないことで泣くなんて恥ずかしいけれど、溢れてしまった涙がどうしても止まらない。
なぜ泣いているのかが自分でもわからないまま、おそろしいことに、それから10分も泣き続けた。



看護助手の男性がくれたペーパータオルを瞼に乗せて泣き続け、ようやく涙が収まってきたのでそれを外して目を開けた。
するとそこには、さっきと同じ人だとは思えないような、冷めた目をしたトリオがいた。

「はーい、落ち着きましたかー。じゃ、再開しますねー。ラジオは無しでーす

と早口で言われ、今度は、申し訳なさと恥ずかしさで泣きたくなった。
ああ、穴があったら入りたい。
心の底からそう思ったあたしの身体は、望み通り、MRIの丸い穴にまた吸い込まれた。



▶ 今日は最終回




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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

[ 入院11日目 ] 術前検査 第3ステージ

2016/12/16 | trackback [ 0 ] | comment [ 5 ] | がん告知まで


医者にかかるのは、半年に一度クリーニングのために行っている歯科か、コンタクトレンスの処方箋を貰うために行く眼科だけ。
10年以上風邪もひいてないあたしが身体をくまなく検査する唯一の機会は、会社の健康診断だった。

健康診断は毎年、会社から指定された健診センターで行っている。
健診センターは大きなオフィスビルの中にあり、併設されたレディースクリニックと合わせ、1フロアすべてで、流れ作業的に健康診断が行えるような仕組みになっている。
人間ドックもできる施設なので相応の設備は整っているけれど、〝肥満度1〟以外は異常がなかったため、検査項目を追加したことはなかった。
自費でCTでもやっていればもっと早くに卵巣がんが見つかったかもしれないな……。
と思わないこともないけれど、以前書いたように、健康診断でレディースクリニックの医師に腹の奥にあるしこりの話をしたのに異常を見つけられなかった経緯があるわけで。
〝脂肪の厚みが邪魔なのかもね〟を答えとし、精密検査を促しもしない医師だったわけで。
納得ができないのなら自ら精密検査を受けに行けば良かったのだから、医師の判断を責める気はないし、〝看過ごされた!〟と思っているわけでもない。
医療の現場でなくとも、たとえば取引先に電話して「○さんをお願いします」と言った時、「電話中です」とだけ言う人もいるし、「終わり次第、こちらからお電話いたしましょうか」と提案する人もいる。
レディースクリニックの医師は前者だったというだけことだ。

ただ、自分の会社を思い浮かべてみると、ひとつの組織の中に、「電話中です」タイプがひとりだけ、というのは考えにくい。
上司なり会社なりに線引きされた仕事の範囲の内側に、自分でシレっと小さい円を描くような類の狡さやセコさや怠慢は伝播するし、手抜き仕事で給料を貰うことを、〝恥〟ではなく〝得〟と考える人もいる。



うちの会社の明石と元木。君たちのことですよー。



案の定、レディースクリニックだけじゃなく健診センターにも無責任な仕事ぶりの人がちょいちょいいる。
身長、体重、視力……までは順調だったのに心電図でイラっとし、腹部エコーと血液検査は穏やかに済んだけれど問診でキレそうになり、聴力検査で落ち着きを取り戻すが、胸部レントゲンでイライラし、胃のレントゲンで再びブチキレそうになり……。
検査が進むにつれて心が荒んでいき、すべてが終わるころには、誰かが背後に立っただけで反射的に投げ飛ばす、ゴルゴ13くらいには殺気立っている始末だ。

つくづく相性が悪いこの健診センターだけれど、唯一、超苦手なのに確実にイラつかないのが肺機能検査である。
筒状のものを咥えて鼻をクリップでつままれ、検査技師の合図に合わせて吸えるだけたくさんの息を吸ったり、勢いよく息を吐ききったりすることで肺の大きさや機能がわかるらしい。
なぜこれが超苦手かというと、「はい、吸ってー。吸ってー。もっともっと吸って―。吸えなくなったら一気にふぅーーーーー!吐いてー。吐いてー。もっともっと吐いてーー」という検査技師の大きな声に、必死な形相で従っている自分が可笑しく思えて、いつも笑ってしまうからだ。
健診センターでこれをする時、検査技師はほぼ女性なのだけれど、甲高い声だったりすると尚更ツボにハマりやすいらしく、「はい、吸ってー。吸って―。もっともっと吸ってー」あたりで早くも面白くなってしまう。
「はい、真剣にー」とか「がんばってー」とか言われてもどんどん可笑しくなってしまうから、結果的には正常値だけれど、正確な数値は測定できていない気がする。



前置き(というか悪態)が長くなったけれど、本題は健康診断ではなく、術前検査のほうの肺機能検査である。
金沢さんの、告白をともなう励ましを聞いて却っていろんなことを考え始めてしまい、ボーっとしたまま検査室に入ると、そこには、健康診断で見たのと同じような機械があった。
CTの、〝息を大きく吸ってください。止めてください〟すらまともにできない状態のいま、健康診断と同じような肺機能検査は無理じゃないだろうか。

検査技師は30代後半くらいの真面目そうな女性で、あたしが椅子に座ると開口一番、「これ、やったことありますか?」と訊いてきた。

「健康診断で」
「じゃあだいたいやり方わかりますよね」
「はい」
「それではまず、これを咥えてください」

そう言って当たり前に筒状のものを差し出されたのでとりあえず咥えてみると、すぐに鼻をクリップでつままれた。

「はい、ゆーっくりふつーに呼吸してくださーい」

ここで初めて気づいたが、なぜか、鼻呼吸より口呼吸のほうが痛みが強い。
痛くて出来ませんと言ってしまおうか。言ってしまいたい。
いや、でも……。
一瞬の逡巡を見逃さないかのように、検査技師の声が大きくなった。

「今度は大きく、吸えるだけ吸いますよぉー」

痛いのになー。吸えてもちょっとなのになー。
そう思いながらも一応、吸ってみる。
すると、始まってしまった。



「はい、スゥーーーーーーーーーーーーーー!吸って吸って吸って―」



初めて会った真面目そうな女性が急に大声でこんなことを言うのである。
笑わないでいられる人なんている?(います)



「しっかり吸ってーーーーーはいっ、吸って吸って吸ってーーーーー」



この大声に乗せられて痛みを堪えて息を吸い続ける意味は何。(検査です)



検査技師の人の声が大きければ大きいほど、抑揚が激しければ激しいほど、どんどん可笑しくなってきて真剣にできない。
これは無理だ。だって痛い。それよりとにかく可笑しい。

検査技師の人も失敗と判断したのか、「一旦休みましょうか」と言って鼻のクリップを外したので、筒から口を離した。

「ごめんなさい……」
「いいんですいいんです。1回目ですからねー」

何回やっても出来る気がしないが、〝可笑しくて出来ない〟とは言えない。

「息を吸うと痛くて」(言い訳)
「あっ、ごめんなさい!検査のオーダーにちゃんと書いてあるのに見落としてました」
「ああ」
「じゃあ、自分のタイミングで、無理しないギリギリのところまで吸って吐くっていうのをやってみましょうか」

ああ、それならできそう。
〝無理しないギリギリのところ〟がわかるのはあたしだけだし、検査技師に真横で大声を出されなければ笑わずにできそうな気はする。
よし、やるぞ。

再び筒を咥えると、鼻をクリップでつままれた。

「はい。また、ゆーっくりふつーに呼吸してくださーい」

あ、これは言うんだ。

「今度は大きく、吸えるだけ吸いますよぉー」

これも言うのね。
でも吸うのを止めるのも吐くのも、自分のタイミングでいいんだもんね。

ギリギリまで吸う前にゆっくりと息を吐く。
そしていよいよ息を吸い込もうとしたその時だった。



「はい、スゥーーーーーーーーーーーーーー!吸って吸って吸って―」



やっぱり言うんだ。



この検査はいまだに苦手だ。
今年の健康診断でも笑ってしまい、筒の外からすーすー息が漏れたから、正確な数値は計測できていない。
術前検査では、あまりに不出来なあたしに呆れたのか、検査技師の女性の声が小さくなった隙になんとか成功し、病院で決まっている手術ができる最低ラインを無事にクリアして検査終了となった。



金沢さんの話を聞いたことで急に湧きあがってきた恐怖は完全には去っていなかったけれど、検査室を出る時は、入った時とは比べ物にならないほど明るく、ちょっとニヤけてもいた。
なのに、それから20分後、自分では考えてもみなかった想定外の出来事により、術前検査ファイナルステージ、MRIの真っ最中に大泣きし、検査を中断させることになる。
先に言っておくと、閉所恐怖症だったという理由ではない。
もっとくだらない、しょうもないきっかけで大泣きする。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
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2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
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2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。