[ 入院7日目 ] 1週間ぶりに髪を洗う

2016/08/30 | trackback [ 0 ] | comment [ 3 ] | がん告知まで


「お願いします!」とあたしが言うのを分かっていたかのように、福田さんは首尾よく、上半身にかけるシャンプーケープを持ってきていた。

「MYKさん、シャンプーとコンディショナーありま…」
「あります!」

嬉しすぎて食い気味に喋る45歳のババアに苦笑しながら、福田さんは髪を洗う要領を話し始める。

「洗面台の前で、背もたれが倒れる椅子があるのでそれに座って仰向けになるのと、普通の椅子に座って洗面台に頭を出すように前傾になるのと、どっちが楽でしょうね」

仰向けになれる気がしないので、「前かな…」と答える。
あたしの自信のなさを察した福田さんは、「じゃあ前向きでやってみて、もし辛かったら別の方法を考えましょう」と言ってくれた。
ほっとした。
痛くても辛くても、「髪を洗うの、やっぱりやめましょう」となることだけはどうしても避けたかった。
というのも、自分の頭の臭いが気になり過ぎて、看護師さんやお医者さんに近くに寄られるのが嫌になってきていたのだ。



洗面所までは車椅子で移動した。
車椅子の振動で悶絶していた入院初日よりはもちろん、転院してきた前々日よりも、確実に痛みが小さくなっていることを実感した。
いける。
いけるぞ。

最後に髪を洗ったのは、11月30日の早朝。
出社前、いつもみたいにシャワーを浴びて、週末に奮発して買ったばかりの新しいシャンプーとコンディショナーを使ってみようか迷ったけど、今あるのを使い切ってからにしようと思ってやめて、使いさしので頭を洗ったのが最後だった。
新しいの、使える日が来てよかったなあ。



洗面台につき、福田さんにシャンプーケープをつけてもらい、胸まであるロングヘアを頭のてっぺんでおだんごにまとめていたゴムを自分で外す。
…が、いつもならバサっと垂れるハズの髪が、すんなり落ちてこない。
おだんごの中はギットギトだった。
そして、自分の頭から野良犬みたいな臭いがした。

これまで、丸1週間も頭を洗わなかったことなんかないわけで…。
しかも痛みで脂汗をかきまくっていたわけで…。
デブなわけで…。

自分でも嫌になるほどの汚い頭を、看護師になって2年目の若い福田さんに洗って貰うなんて申し訳なさすぎる。
髪を洗えることが嬉しくて垂直に上がったばかりのテンションが急降下した。

「自分で洗えるようになるまで我慢しようかな…」
「どうしてですかぁ?」
「だってすっごい汚い」
「汚れてるから洗うんですよぉ」
「そうだけど、臭いし、洗って貰うの恥ずかしいし申し訳なさすぎる」
「臭いなら洗いましょうよぉ」
「この頭にお湯をかけたらちょっとした悪臭騒ぎになるよ」
「だったらますます洗いましょうよぉ」

何を言っても呑気に返してくる福田さんに根負けし、椅子に座って洗面台のフチを掴んで上半身を前に倒し、ボウルの底を見るように頭を出した。
福田さんは洗面台についているシャワーの湯温を調節してから、「いきますよぉー」と言って、あたしの頭にお湯をかけた。



「んあ゛ーーーーー」



気持ちよすぎて変な声でた。



腹水がたまって膨らんだお腹で前傾姿勢を取るのは、デブが靴下を履く時みたいに苦しかった。
それに加えて、内臓のアチコチの痛みが一斉にMAXになった。
苦しいしすげえ痛い。
でも、そんなことがどうでもよくなるくらい、気持ちよかった。

福田さんが髪にシャンプーをつけて洗い始めた。
ところが、何しろギットギトなので泡が立たない。

「うふふ。泡立ちませんね」
「すみません…」
「何回洗ったら泡が立つのか楽しみですね」
「何回だろ」
「3回くらい洗えば大丈夫じゃないですかぁ?」
「5回くらいだと思う」
「えー、そんなにー?」

正解は6回(!)。
髪が長かったことに加え、1週間も寝たままなので髪の毛の絡まり方がハンパなく、自分で洗っていたらそんなことも気にせずにガシガシやるのだけれど、福田さんが絡まってる髪をほどきながら洗ってくれたこともあって、6回目でまともに泡が立った。

「このシャンプー、いい匂いですねー」

7回目で福田さんが言った。
シャンプーの香りが分かって、1週間洗ってない頭の臭さが分からないハズはない。
ほんとにほんとにほんとーに臭かっただろうに、福田さんは泡が立たないことを面白がることで、あたしの気をそこから逸らしてくれた。

最後に、たっぷりつけたコンディショナーを洗い流して髪の水気を切ってもらい、頭にタオルを巻いてもらって、身体を起こした。
この時の清々しさは、他の何にも例えがたい。
忘れたくないなあ、この時の気持ち。

洗面所を行き来する他の看護師さんが、「髪洗ったの?よかったねー」とか、「スッキリしたでしょう」とか、声をかけてくれた。
そのたびに満面の笑みで、「はい!」と答えた。



病室に戻り、病棟の備品のドライヤーを貸してもらい、自分で髪を乾かした。
髪が軽くなるにつれ、気持ちまで軽くなる。
こんなにも、「ごめんなさい」と「すみません」と「ありがとう」を言い続けたことなんて、今までなかった。
ずっとなんでもひとりでやれてきたから、自分が動けなくなっても尚、人の手を煩わすことが心苦しくて、人の手を借りることが苦痛だった。
だけど、その心苦しさに負けないで、福田さんに髪を洗ってもらって本当によかった。



看護師2年目の福田さんは、先輩看護師さんによく叱られていたし、相部屋に移ってから聞いてみると、患者達からの評価も低かった。
「冷たい」「心がこもってない」「愛想がない」「気がきかない」など散々な言われようだったし、あたしの福田さんに対する第一印象も似たようなものだった。
だけど、1週間も洗っていないババアの髪を優しく丁寧に洗ってくれた福田さんは間違いなく白衣の天使で、だからあたしは、福田さんを悪く言う患者には必ず、髪を洗って貰った話をした。
でもそれは大抵が、「お仕事だからねえ」と受け流された。
この、「仕事なら何でもやって当たり前」かのような物言いには正直ムっとした。
だって、たとえそれが仕事でも、汚いものは汚いし、臭いものは臭いし、嫌なものは嫌だ。
あたしがO病院とR病院の看護師さんたちを素晴らしいと思うのは、そんなネガティブな気持ちを相手に気取られることなく、かといって機械的でもなく、温かくて丁寧な仕事が出来ているところなのだ。



随分後の話になるが、全ての入院治療を終えて退院する時、病棟の看護師さんひとりひとりにお礼を言う機会があった。
福田さんには、「髪を洗いませんか?」と言われた時の嬉しさや、あの酷い髪を綺麗に洗って貰えたことでいかに自分の心が復活したかを話した。
最初、福田さんは照れていたけれど、そのうち泣き出した。

「『自分で洗えるようになるまで我慢しようかな』って言われた時、やっぱり私じゃダメなんだって思ったんです。でも洗わせて貰えて、何度も何度も気持ちいいって言って貰えて、表情も明るくなって、初めて笑顔を見て。私もすごく嬉しかったんです」

そう言って泣いた。



あたしもだいぶ、自分の感情を他人に伝えるのが下手なほうだけれど、福田さんほどではない。
ただ、「私もすごく嬉しかったんです」と言って泣いた福田さんは、素直で優しくて柔らかくて温かい、正真正銘の白衣の天使だった。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

[ 入院7日目 ] なぞなぞの答え

2016/08/26 | trackback [ 0 ] | comment [ 0 ] | がん告知まで


母から思いがけない告白をされた後は、スガ先生があたしに蹴られながら穿刺して留置していたカテーテルを使って、また腹水を抜くことになっていた。
ところが、A先生がやってきて、「体力が心配なので今日は腹水を抜きません」と言う。
本来、腹水には栄養分がたくさんあるらしく、いっぺんにたくさんの腹水を抜くと栄養分も抜けてしまって体力や免疫力がなくなるから、腹水を抜かないと言う。
解せん。まったくもって解せん。
だって、あたしには脂肪がある。
腹水にある栄養に頼らなくても、まるでこの日のために蓄えていたかのごとき、たくさんの脂肪があるのだ。
だいたい、A先生はあたしの腹水を見て、「どうしてこんなドス黒いの?」って言ったじゃないか。
そんな異様な液体を後生大事に腹に留めておく理由が、「栄養を摂るため」って何なんだ。
脂肪でいいだろ。
体脂肪1キロは7,000kcalに相当するって聞いたことあるぞ。
それに、腹水のせいで肺が膨らまなくて呼吸が浅くなってるんだから、腹水抜いて少しでも呼吸が楽になったほうが、よっぽど体力消耗しないだろー。



1週間入院したところで相変わらず病気の知識は全然なかったけれど、どうすれば自分がラクになるかはわかるようになってきた。
ただ、病気ビギナーが考えた “ 脂肪でいいだろ論 ” をA先生に言う勇気はなく、「そうですか」と応えるのがやっとだった。



この日の担当は、看護師になって2年目だという、瓜実顔で色白の福田さん。
2年目とは思えない落ち着いた立ち居振る舞いなのだけれど、表情が硬く、顔立ちのせいなのか、冷たくも見える。
腹水を抜かないと言われて心底がっかりしているあたしを見て福田さんは、「まっ、そんな日もありますよ」と言った。

人を慰めたり元気づけたりするとき、どんな言葉を選ぶか、どんなタイミングでそれを発するかを見極めるのは、本当はとても難しい。
看護師である福田さんが何気なく発した、「まっ、そんな日もありますよ」という言葉で、こちらの気持ちが切り替わる時もそうでない時もある。
残念ながらこの時は後者だった。
それどころか、少しだけ悲しくなった。
この時あたしが福田さんに求めていたのは、近所のおばちゃんが、他人の聞きたくもない愚痴を無理やり終わらせる時に言うような言葉ではなく、優しさだったのだと思う。



「じゃあ夕方またきまーす。おトイレに行きたくなったら呼んでくださーい」



明るい声を残して福田さんは出て行った。
ところが、あたしがため息をつく間もないくらいすぐに戻ってきた。

「私、いいこと思いついちゃったんです。MYKさん、ちょっと動けそうですか?」
「ちょっとってどのくらい…?」
「車椅子に座って、別な椅子に座り直して、今よりもうちょっと背もたれを倒すくらい。それか、車椅子に座ったまま前に倒れる感じでもいいです」

なぞなぞみたいな会話は元々苦手だ。
やれやれと思いながら考える。

車椅子じゃない椅子に座り直して?70度よりも背もたれを倒す…?
椅子に座ったままなら前に倒れる…?
あっ!
ああっ!!!!!

福田さんは、なぞなぞの答えに気づいて思わず背筋が伸びたあたしを見て、いたずらっぽく笑うと言った。



「髪を洗いませんか?」



嬉しすぎて声をあげて泣きたくなるのをぐっと堪え、「お願いします!」と、精一杯元気よく返事をした。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

[ 入院7日目 ] 母がバカ高い健康食品を買う

2016/08/24 | trackback [ 0 ] | comment [ 3 ] | がん告知まで


ネットで、 “ ○○を飲んだらガンが消えた! ” 的な記事を目にすると、中身も読まずに、「ああ、ハイハイ」と切り捨てている。
代替療法や民間療法を否定するつもりはまったくないし、手術も抗がん剤治療もせずにがんが治るならそれに越したことはない。
人がもともと持っている自然治癒力や免疫力は信じているし、それを高めるものを飲み続けてがんが消えるのなら、こんなにいいことはない。
「保険適用になってくれ!」とすら思う。

何かしらの要因でがんが消えることだって無いとはいえないだろう。
けれど、健康食品を販売する側が、「ガンが消えます」「ガンに効きます」と謳うのは薬事法に違反するわけで。
つまり、『○○という商品を○か月試したがん患者○人のうち○人のがんが○%小さくなった』というような具体的数値を広告内で示すこともできない。
となると広告では、「がんが消えました!」という “ 愛用者の声 ” を紹介するしかないわけだ。

わかる。わかるよ。わかるけどさ。



胡散臭い。



…というのが、がん発覚以前から今になっても変わらない、いわゆる “ がん商法 ” へのあたしの印象なのだけれど、そんな商法に簡単に乗っかった人がいる。
母である。



きっかけは、O病院の待合室で手に取った雑誌の広告だったらしい。
某大学の名誉教授が「がんが消えた」と推薦している高価な健康食品の広告が目に留まり、その広告をじっくり読んで、信用できると思い、定期購入を申し込んだと言う。



チョロい。チョロすぎる。



母は変わってる人だけれど、こういう不確かなものにお金を出すことはなかったし、それどころか毛嫌いしていたはずだった。
だから、うちの母みたいな人でも、娘が卵巣がんでだいぶヤバイと言われたら、目の前に流れてきた藁を掴んでしまうのか、と内心ショックだった。



母がその健康食品のことをあたしに告白したのは、入院7日目の昼過ぎのこと。
お墓参りをしてから病院に来たという母は、「お父さんに、『MYKちゃんを連れていかないでください』ってお願いしてきたの」と、またまた、言ってはいけないことをサラリと言った後でこう切り出した。

「あのね、MYKちゃん。怒らないで聞いて欲しいんだけど」

出だしから嫌な予感しかしない。

「バカバカしいとはおもってるの。でも免疫力が上がるっていうのは本当みたいだし、身体に良さそうだから飲んで損はないと思うのよ。定期購入だとね、いちいち申し込まなくっても1か月ごとに送ってくれるんだって。やめたくなったら電話すればいいんだって」
「それいくら?」
「え?」
「値段。いくら?」
「大丈夫!私が払うから!」
「だからいくら?」
「いっかげついちまんにせんえん」
「…それを何か月飲めって?」
「せめて半年!できれば1年!」

ん?ちょっと待った。
お医者さんから死ぬって言われたハズなのに半年?1年?
ってことは、あたし、すぐに死ぬわけじゃないの?

「それは拒否できるんでしょうか」
「もう申し込んじゃった。いまお金も払ってきた」
「…まだ水も飲めないのに」
「水が飲めるようになったらでいいから」
「まったく…」
「お願い!私を安心させるためだと思って!お願い!」



母があたしに飲ませて自分が安心したかった健康食品とはプロポリス。
身体に悪いものではないだろうし、免疫力が上がるという話も聞いたことはあるけれど、そもそも、免疫力を上げる必要性がわからない。
だって免疫力には自信がある。
それまで10年以上風邪すらひかず、会社でインフルエンザが大流行した時だってひとりだけなんともなかった。
それなのになんで免疫力アップよ。
しかも、娘が日銭を稼げなくなっている時に1か月12,000円って。
そんなものにうちの親がまんまと乗っかるなんてー。



「でも、もう買っちゃったんだよね」
「そうなの」
「じゃあ飲むよ…。身体にいいって信じて飲むことにするよ…」
「ほんと!?」
「半年生きるかどうかわかんないけど、飲むよ」



あたしが自虐的な物言いをした途端、母の目にはみるみる涙が溢れた。
そして、泣きながら言った。



「MYKちゃんが死んだら私が飲むから!」



そういうことじゃない。



夕方、回診でやってきた坂口先生に母との会話をかいつまんで話し、「親孝行だと割り切って飲もうと思ってるんです」と言ってみた。
きっとこれまでもこんな患者はたくさんいて、そのたび呆れていたに違いない坂口先生は意外にも、「飲んであげればいいじゃない。代謝がアップして痩せちゃうかもよ!」と言って笑った。



心にもないことを言うな。



結局、親孝行のために始めたプロポリスは、1年間飲み続けた。
これのおかげでがんが治ったとか消えたとかいうことは一切ないし、免疫力には元々自信があったので、身体の変化は感じられなかった。
もちろん痩せもしなかった。むしろ太った。
辛い抗がん剤治療を乗り越えたことにプロポリスが一役買ったと信じていた母には、「そうかもね」と言っておいた。
R病院には、おそらく母と同じ雑誌を見て、あたしより1か月早くからプロポリスを飲んでいた患者仲間がいたのだが、彼女は、「風邪をひかなくなった」と喜んでいた。
彼女は抗がん剤治療中、あたしとは比べ物にならないほど、細菌やウィルスの感染に敏感になっていたから、風邪をひかなかったのは彼女の予防努力の賜物なのだと思ったけれど、本人には言わなかった。
母や彼女のように、大金を払って何かを信じる者は救われるべきである。

ただし、親孝行を終えて数ヶ月後のこと。
この話には、プロポリスの販売会社社長が薬事法違反で逮捕され、そのプロポリスががんに効くという推薦文を書いていた某大学の名誉教授も薬事法違反ほう助の疑いで逮捕される、という盛大なオチがついた。



ほら、やっぱり胡散臭い。



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2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
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