タイミングよく吐いて入院決定

2016/06/28 | trackback [ 0 ] | comment [ 0 ] | がん告知まで


レントゲン?夕方撮ったばっかだけどな…。
と思ってはいるものの、それを誰かに伝えるチカラは残っておらず。
相変わらず痛みと吐き気を堪えたまま、車椅子に乗せられてレントゲン室まで運ばれた。
いま思い返しても何とかならないのかなあ…?と疑問に思うんだけど、レントゲンって、「息を大きく吸ってー。はい、止めてー」で撮るでしょう。
でもこっちは、息を吸うのも吐くのもギリなんスよ。
大きくなんか吸えないんスよ。
そんなことをしようもんなら、胸の下から恥骨の上まで、意識が遠のくくらいの強い痛みが走るんスよ。
って言いましたよね?
なのに「息を大きく吸え」と?
そして「止めろ」と?
できねえって言ってんだろーが!
…くらい内心はキレてるのに、言葉を発する気力すらない歯がゆさたるや。
強烈な痛みは人から体力だけでなく気力も奪うのだと、あたしはこの時はじめて知った。

大きく息も吸えず、息を止めることもできず、つまり、レントゲン技師が求めることは何もできないままで胸部と腹部を撮影し、また車椅子に乗せられて診察室へ。

どうやら検査は採血とレントゲンだけだったようで、結果はすぐに知らされた。

「んー。血液検査は、ちょっと炎症があるかなあっていう程度なんですよね。あと、レントゲンはやっぱり写りが悪いのでちょっと判断つきかねるんですけどぉ…」
と喋り出した女医さんが語ったのは、痛みと吐き気を耐えながら聞くにはとても辛い話だった。


だって、話が長いんだもん。


女医さんは、ふたつの検査だけでは何が原因なのかわからないということをたっぷりたっぷり時間をかけて語り、「結論としてはー」と続けた。

「胃腸炎ではあると思うんですよねぇ。なので、痛み止めと胃薬と整腸剤を出しますから、薬を飲んで様子を見ていただくのが良いかと」

ああ、それ、夕方行った内科での診断結果と一緒っす。
それであたし、家に帰って胃薬も痛み止めも飲んだんだよね。
なのにどんどん悪化して限界だとおもったからここに来たの。
って言いましたよね?


元気な時ならポンポン出てくるであろう言葉が出てこない。
必死な思いで総合病院まで来たのに(救急だけど)、内科と同じことを言われ、絶望で気が遠くなっていた。

ところが!
ここで伝家の宝刀が抜かれた!(遣い方間違ってる)
再び、我慢できないほどの吐き気が襲ってきたのだ。

「すみません。吐きそうです」
「あ!じゃあコレに!」

差し出されたのは、ステンレス製の膿盆だった。

「足りなそう…」
「ココに2個あるから!もっとあるから!持ってくるから!」

焦る看護師さんが膿盆を取りに診察室を出ていき、別の看護師さんが膿盆をあたしの喉元に添えた途端、上半身の激痛とともにあの液体を勢いよくリバースした。

吐くタイミングに合わせて看護師さんが2つ目の膿盆が差し出し、それにまたリバースすると、今度は焦った看護師さんが戻ってきて、また別の膿盆を差し出す。
絶妙な連携プレーだった。
後から聞いたところによると、このとき診察室で吐いた得体の知れない茶褐色の液体は、合計2リットルだったそうだ。

吐き終えて、看護師さんに口元を拭いてもらうために顔をあげると、女医さんと3人の看護師が無言で膿盆を見つめていた。
そして、それまでとは打って変わってハッキリと言った。


「入院しましょう」


異変が起きてから20時間、救急病院にきてから3時間が経った、2012年12月1日の午前4時のことだった。



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特にGRAYのほう、よくかぶったなー。


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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。

動脈血を採る

2016/06/23 | trackback [ 0 ] | comment [ 0 ] | がん告知まで


先日、定期検査でCTを撮るために病院に行き、造影剤を入れる用のラインを確保してもらいながら、「今でこそ病院は慣れたけど、卵巣がんが発覚した2012年12月当時はなんにも知らなかったなあ…」などと、振り返ってみていた。

まあ、健康診断とか献血とかで採血するのは静脈から。これ基本。そのくらいは知ってる。
でも、8回トライしても採血できなかった看護師さんたちに呼ばれてやってきた女医さんは、「動脈血…かな…」と不安そうに言った。

動脈?
動脈に針を刺したらどびゃー!ってなるんじゃないの?
刺したときは平気でも、抜くときはどびゃー!ってなるんじゃないの?

疑問や不安はあるのに、看護師さんに軽口を叩いたところで気力も体力も使い切ったらしく、女医さんにアレコレ訊く気力がない。

「太ももの付け根から採血しますね」

と言われたところで、「あぁ…」と言うのがやっと。
履いていたジャージを下げるというので、浅く息を吐きながら立ち上がり、ジャージと一緒にパンツにも指をかけて太ももまで下ろした。
が、ここでまた問題発生。
腹筋を使うと激痛が走るので、自力で仰向けに寝られないのだ。

看護師さんたちの手を借りながら、診察台に仰向けになるまで、10分はかかったと思うが、仰向けになって気づいた。
寝ると痛い。ちょー痛い。
それに、吐きそう。

女医さんは、「下着は履いたままで大丈夫だったんですけど下げちゃったんですねー」とこっちが恥ずかしくなることをサラリと言いながら、診察台に乗ってあたしの膝あたりに跨ると、「いきますよ!」と気合いを入れるように言って、左太ももの付け根にズブっと注射針を刺した。

「(血液が)上がってきましたね!」と喜ぶ看護師たち。
「でも、これ動脈血かな…」と不安を正直に口にする医師。
「(どびゃー!ってならないの!?)」と訊きたいけど訊けないあたし。

そこにいる全員が、脱がなくてもいいのにパンツを脱いじゃったババアの股間を見ているような気もしたが、羞恥心よりも、痛みと吐き気がまさっていた。



その日から、何十回も採血したけれど、動脈血を採ったのは最初で最後。
もちろん針を抜いてもどびゃー!っとはならなかったけれど、次なる試練が待っていた。

「次、レントゲン撮りますねー」

また検査…。
検査はいつ終わるのか…。

(このブログも、いつ本題に入るのか…)



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2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。