すがるだけの理由があった

2018/09/07 | trackback [ 0 ] | comment [ 17 ] | がんについて思うこと


フリーダムな母とクマの話を書こうと思ってたのに、先週もたらされたひとつの訃報と、そのあとに起きた関西・中部の台風被害、そして、北海道の地震被害に心が持っていかれている。
建物が崩れたり道路が陥没したり山が削れたりという大惨事はもちろん、停電してる暮らしを想像しただけで途方にくれてしまう。
とはいえ、電気があって余震がない家でニュースを見て「うわぁ……」とか言っても、Twitterに「なにもできない…(泣)」「政府がー」「自治体がー」とか書いても、クソの役……いや、用便の役にも立たないので、まずはいま自分ができることをしてみた。


Yahoo!基金 『平成30年北海道胆振東部地震 緊急災害支援募金』
楽天クラッチ募金 『北海道地震被害支援募金』


ポイントだけじゃなくクレジットカードも使えるので、ずいぶん募金のハードルが下がる。
こういう、社会性を育むツールが好きだ。
ただし数日前までは、使いようによっては社会性を育むことのできるツールで見かけた言葉で気持ちが冷えきっていた。


著名人が癌で亡くなって数日経つと、Twitterのトレンドワードに〝民間療法〟という言葉が出現する、ことがある。


あたしは、民間療法を全否定するほどの知識は持ち合わせていないし、それ以前に、民間療法がどんなものなのかをあまり知らない。
それに、手術+抗がん剤という標準治療を受けて生還した者としては、標準治療を信用している。
ただ、あたしが標準治療を受けたのは、いくつかの選択肢から自分で選んだわけじゃない。
心身ともに弱りすぎてほかの治療方法を模索する気力がなく、成り行きに任せていたらそうなっただけだ。
とはいえ、医師から、抗がん剤の効きが良い感受性タイプ(類内膜腺がん)のがんだと言われたときは〝やってみるか〟と前向きにもなったし、すべての治療を終えるまでその方法に疑問を感じたこともない。
その治療の先が今なのだから、後悔もしていない。
けれど、ふと考える。
たとえば、命の危険を感じるレベルの痛みや苦しさはおろか、自覚症状すらまったくない状態で卵巣がんが見つかっていたら……。
はたしてあたしは、医師に言われるがまま、すんなり標準治療を受けていただろうか?
当時のあたしに、有り余るお金と(これが大前提)ネットで検索しまくる元気と勇気があったなら、民間療法の情報もたくさん目にしていただろうし、それで治ったという人の本やブログでも読もうものなら、「よし私も!」と思っていた可能性はゼロじゃない。
それから、たとえば治療方法がないと言われた場合も。
手術もダメ、抗がん剤治療もダメと言われるような状態だったら、他の治療方法を探してみただろうし、対岸の際を流れる藁だって掴みに行ったかもしれない。
頭のどこかで〝溺れる〟とわかっていても。

医師をはじめとする専門家が、テレビやTwitterやブログやWebメディアで、「Aという民間療法は、これこれこういう理由から、がん治療に効果はない」と言うのは大歓迎。
むしろもっと言え。言ってくれ。
だけど、〝民間療法〟という四文字を嫌悪するあまり、故人の尊厳を踏みにじるような意見が散見されるのが現実だ。

「標準治療をしていれば助かったかもしれないのに」
そんな言葉をたくさん見かけた。
標準治療が万能じゃないことは、治療を受けた者ならわかる。
無知な誰かの思い上がりに、気持ちが冷えた。
〝緩和ケア的な意味合いで、ダメ元ですがってみたのかも?〟とか、〝最後に受け容れてくれたのがそこだけだったのかも?〟とか、当人がそれにすがった理由、すがらざるを得なかった理由に思いを巡らせたら、良いの悪いの言えるはずもないのに。



繰り返しになるけれど、民間療法がどんなものなのかも、どれほどの効果があるのかも、効果なんて全くないただのインチキなのかも、わからない。
わかるのは、〝それにすがる人には、すがるだけの理由がある〟ということだけだ。



[ 次回は本編の続きを書きます ] ←いつだ。



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■ 経緯

2012年12月:ひどい腹痛と呼吸困難で総合病院の救急外来へ。入院。左卵巣が破裂していると言われる。転院。余命1ヶ月未満と診断される。破裂した卵巣の摘出手術後、左卵巣がん(類内膜腺がん)3c期と告知される。抗がん剤治療開始。

2013年01月:ヅラをかぶる。
2013年02月:「ヅラが飛びそうな強風のため」という理由で休もうとするも会社のボスに却下される。
2013年05月:抗がん剤治療終了。
2013年07月:子宮、右卵巣、リンパ節などの摘出手術。
2013年08月:再び抗がん剤治療開始。術後腹壁瘢痕ヘルニアの予兆。
2013年10月:抗がん剤治療終了。月1回の通院で経過観察へ。術後腹壁瘢痕ヘルニアと診断される。

2014年02月:術後腹壁瘢痕ヘルニア手術。
2014年04月:CTの結果を経て、すべての治療終了。
2014年10月:抗がん剤治療終了から1年経過し、通院が2ヶ月に1回となる。ヅラを脱ぐ。
2014年11月:健康診断で人生最重量を記録する。